TeNYテレビ新潟のアナウンサーとして活躍している日高優希さん。
「新潟一番」や「新潟一番サンデープラス」で見かけて、「どこの高校や大学を出ているんだろう?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
日高優希さんの学歴を調べてみると、高校は宮崎県立宮崎西高等学校、大学はお茶の水女子大学生活科学部へ進学したことが確認できます。
さらに本人の発信から、大学では生活科学部人間生活学科で学んでいたこともわかっています。
ただ、日高優希さんの学生時代で興味深いのは、学校名だけではありません。
大学では東京大学放送研究会に所属し、取材やニュース原稿の作成、アナウンスに取り組んでいました。その一方で、東日本大震災で親を亡くした子どもたちを応援する学生団体でも活動しています。
この記事でわかること
- 日高優希さんの出身高校と大学
- お茶の水女子大学で学んでいた学部・学科
- 大学時代の放送研究会や学生団体での活動
- アナウンサーを目指したきっかけ
- ネット上の学歴情報で、確認できることと確認できないこと
こうして学生時代をたどっていくと、現在のアナウンサーという仕事につながる経験を、大学時代から少しずつ積み重ねていたことが見えてきます。
高校や大学だけでなく、大学で何を学んでいたのか、学生時代にどんな活動をしていたのかまで詳しく見ていきましょう。
日高優希の学歴をまず一覧で確認
日高優希さんの学歴について、信頼できる公開情報から確認できるのは主に高校と大学です。
小学校や中学校については具体的な学校名が公表されていないため、無理に推測せず、現在わかっている範囲から見ていきましょう。
- 小学校・中学校
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学校名は非公表。宮崎県宮崎市出身であることは確認できます。
- 高校
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宮崎県立宮崎西高等学校。大学時代の記事で卒業を確認できます。
- 大学
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お茶の水女子大学生活科学部人間生活学科。本人の卒業後の発信でも確認できます。
大学時代の日高優希さんを紹介した2018年の日刊スポーツの記事には、「県立宮崎西高卒業後、15年4月にお茶の水女子大生活科学部入学」と記されています。
その後、本人が母校の大学案内にOGとして掲載されたことを報告した際には、「生活科学部人間生活学科」の卒業生であることも明らかにしています。
- 宮崎県宮崎市出身
- 高校は宮崎県立宮崎西高等学校
- 2015年4月にお茶の水女子大学生活科学部へ入学
- 生活科学部人間生活学科を卒業
- 大学では東京大学放送研究会にも所属
現在のTeNY公式プロフィールでも、日高優希さんは宮崎県宮崎市出身、1997年1月20日生まれと紹介されています。
宮崎で高校生活を送り、大学進学を機に東京へ。そこから放送の世界に触れ、現在は新潟でアナウンサーとして活動しているんですね。
日高優希の高校は宮崎県立宮崎西高校
日高優希さんの出身高校は、宮崎県立宮崎西高等学校です。
有名人の学歴を調べていると、出身校について根拠のわからない情報が広がっていることもあります。
ただ、日高優希さんの場合は、大学生だった当時に掲載された本人紹介の記事で学校名を確認できます。
出身地も宮崎県宮崎市ですので、大学へ進学するまでは地元宮崎で過ごしていたことになります。
宮崎西高校出身という情報は確認できる
日高優希さんが宮崎西高校出身だと確認できるのは、2018年1月に日刊スポーツが掲載した本人紹介です。
当時はまだお茶の水女子大学の学生で、「ミスお茶の水女子大学」のグランプリとして紹介されていました。
そのプロフィールの中で、宮崎県立宮崎西高校を卒業した後、2015年4月にお茶の水女子大学生活科学部へ入学したことが紹介されています。
宮崎西高校という学校名は、ネット上の推測だけで広がったものではありません。
日高優希さんが大学生だった当時の記事に掲載されているため、出身高校についてはかなり確かな情報と考えてよさそうです。
一方で、宮崎西高校のどの学科やコースに在籍していたのかまでは、今回確認できた本人プロフィールなどでは明らかになっていません。
学校名がわかっていても、その先まで想像で補わないほうが安心ですね。
高校時代から放送に興味があった?
日高優希さんについて調べていると、「高校では放送部に所属していた」という情報を見かけることがあります。
大学でも放送研究会に所属していたことを考えると、高校時代から放送に興味を持っていたという流れは自然に感じられます。
ただし、高校時代の放送部所属については少し注意が必要です。
現在のTeNY公式プロフィールや、宮崎西高校卒業を確認できる本人紹介の記事では、高校時代の部活動までは記載されていません。
そのため、高校の放送部については「そう紹介されている情報もある」というところまでにしておくのがよさそうです。
一方、大学時代に放送活動へ本格的に取り組んでいたことは、本人のインタビューからはっきり確認できます。
アナウンサーへの道を考えるうえでは、こちらの大学時代の経験のほうが大きな手がかりになります。
小学校や中学校は公表されている?
日高優希さんの小学校や中学校についても気になるところですが、具体的な学校名は公表されていません。
TeNYの公式プロフィールでは「宮崎県宮崎市出身」とされていますが、小学校や中学校についての記載はありません。
出身地から通っていた学校を推測することはできますが、それだけでは事実とはいえません。
現在のところは「宮崎市で育ったことはわかっているものの、小学校や中学校は非公表」と考えるのが自然です。
日高優希の大学はお茶の水女子大学生活科学部
高校を卒業した日高優希さんは、2015年4月にお茶の水女子大学生活科学部へ進学しています。
さらに卒業後の本人発信から、学科は生活科学部人間生活学科だったこともわかっています。
お茶の水女子大学という学校名だけに目が向きがちですが、日高優希さんの場合は、大学での学びと学生時代の活動が現在の仕事とかなり深くつながっています。
生活科学部人間生活学科で学んでいた
日高優希さんは2023年、母校のお茶の水女子大学が発行する「大学案内2024」にOGとして掲載されたことを自身のSNSで報告しました。
その投稿には「生活科学部人間生活学科」「卒業生」という言葉があり、学部だけでなく学科まで確認できます。
本人によると、大学案内では学生時代に勉強したことや、学生団体での経験が現在の仕事へどのようにつながっているのかについて話したそうです。
卒業から時間がたったあとでも、「大学で学んだことが今の仕事につながっている」と本人自身が感じているところは、日高優希さんの学歴を見るうえで印象的なポイントです。
当時の人間生活学科では何を学べた?
日高優希さんが入学した2015年当時、お茶の水女子大学の人間生活学科は現在とは少し違う構成でした。
大学が2015年に公開した資料によると、人間生活学科は文系の学科で、次の3つの講座から成り立っていました。
- 発達臨床心理学講座
- 生活社会科学講座
- 生活文化学講座
当時のカリキュラムでは、個人の発達や心の健康、人間と社会との関係、生活と文化などを幅広く学ぶことが掲げられていました。
発達臨床心理学では臨床心理学や保育学、児童学などを扱い、生活社会科学では社会の仕組みや生活に関わる課題を考える。
さらに生活文化学では、人の暮らしに根ざした文化を扱っていました。
人や社会、暮らしをいろいろな角度から見ていく学科だったことがわかります。
地域の人に会い、話を聞き、その人の暮らしや地域の出来事を伝える現在のアナウンサーという仕事とも、どこか重なるものを感じますね。
現在の人間生活学科とは構成が少し違う
ここで少し注意したいのが、現在のお茶の水女子大学の学科構成を、そのまま日高優希さんの学生時代に当てはめないことです。
現在の人間生活学科は、生活社会科学と生活文化学を中心とした構成です。発達臨床心理学講座はすでに募集を終えていて、心理学については別の心理学科が設けられています。
日高優希さんが入学した2015年には、まだ発達臨床心理学講座が人間生活学科の中にありました。
大学の学科名が現在も同じだからといって、中身までまったく同じだったわけではないんですね。
日高優希がどの講座を選んだのかは不明
一部では、日高優希さんが大学で子どもの発達などについて学んでいたという情報も見かけます。
実際、当時の人間生活学科に発達臨床心理学講座があったことは大学公式資料から確認できます。
ただし、日高優希さん本人がどの講座や専門プログラムを選んだのかまでは、信頼性の高い公開資料から確認できません。
「人間生活学科だった」という事実と、「特定の専門分野を専攻した」という話は分けて見ておいたほうがよさそうです。
本人が母校について「学生時代に勉強したことが現在の仕事につながっている」と振り返っているところまでは確認できます。
細かい専攻を無理に決めつけるよりも、この本人の言葉をそのまま受け取るほうが自然でしょう。
家庭科の教員免許を持っている?
日高優希さんについては、「家庭科の教員免許を取得している」という情報が紹介されることもあります。
お茶の水女子大学の人間生活学科では、中学校・高校の家庭科教員免許を取得できる課程が用意されています。
ただし、取得できる学科だったことと、日高優希さん本人が実際に免許を取得したことは別です。
現在のTeNY公式プロフィールでは、教員免許についての記載は確認できません。
そのため、「人間生活学科では家庭科の教員免許を取得できるものの、日高優希さん本人の取得については公式な確認が取れていない」と考えておくのがよさそうです。
大学時代は東京大学放送研究会で活動
日高優希さんの大学生活を見ていくと、現在のアナウンサーという仕事につながる大きな経験があります。
それが、東京大学放送研究会での活動です。
お茶の水女子大学に通いながら東京大学放送研究会にも所属し、学生のころから実際の放送に近い経験を重ねていました。
ここから、日高優希さんがどのようにアナウンサーを目指すようになったのかも見えてきます。
取材して原稿を書き、自分で読むことが好きだった
日刊スポーツのインタビューで、日高優希さんは放送研究会での活動について語っています。
そこで行っていたのは、単にマイクの前で話すことだけではありません。
自分で取材をし、ニュース原稿を作り、その原稿を読むところまで経験していました。
- 取材相手の話を聞く
- 集めた情報を整理する
- ニュース原稿を作る
- 自分の声でわかりやすく届ける
この流れは、現在のアナウンサーの仕事そのものに近いですよね。
日高優希さんは、この一連の作業を「面白い」と感じたことから、仕事にできたら幸せだと思ったそうです。
アナウンサーに憧れた理由が、「テレビに出たい」だけではなく、ニュースを作って伝える仕事そのものへの興味だったことが伝わってきます。
全国大学放送コンテストで2位に
大学在学中には、「NHK全国大学放送コンテスト」で2位になったことも本人が明かしています。
全国規模のコンテストで結果を残していることからも、放送研究会でかなり熱心に取り組んでいたことがうかがえます。
具体的な開催年については、公開されている情報に食い違いがあります。
2018年1月の記事では本人が「昨年」の全国大学放送コンテストで2位になったと語っていますが、ネット上では別の年として紹介されることもあります。
そのため、ここでは年を無理に決めず、大学在学中に全国大学放送コンテストで2位になったという確認できる部分までにしておくのがよさそうです。
大切なのは年よりも、学生のころから全国規模の舞台で結果を残すほど、アナウンスに取り組んでいたことでしょう。
学生時代から「報道系アナウンサー」が夢だった
大学時代の日高優希さんは、将来について「報道系のアナウンサーになるのが夢」と話していました。
この言葉を見ると、現在までの流れがかなりきれいにつながります。
放送研究会で実際に取材を経験
自分で人に話を聞き、情報を集める面白さを知ります。
ニュース原稿を作って自分で読む
集めた情報を整理して、自分の言葉と声で届ける経験を重ねます。
報道系アナウンサーを目指す
学生時代のインタビューですでに将来の夢をはっきり語っていました。
卒業後にテレビ局のアナウンサーへ
現在は地域のニュースや情報を伝える仕事に携わっています。
大学時代の経験が、そのまま将来の方向を決める大きなきっかけになったようですね。
「夢のつばさプロジェクト」にも参加していた
大学時代の日高優希さんは、放送活動だけに力を入れていたわけではありません。
東日本大震災で親を亡くした子どもたちの夢を応援する学生団体「夢のつばさプロジェクト」にも所属していました。
アナウンサーを目指しながら、人と直接かかわる活動にも時間を使っていたところに、学生時代の日高優希さんらしさが感じられます。
東北の子どもたちと年に数回交流
日刊スポーツの記事によると、「夢のつばさプロジェクト」では年に4回ほど、東北の子どもたちとの交流会を行っていました。
東京スカイツリーの見学会を開いたり、大学教授に協力してもらって理科実験を企画したりしていたそうです。
ただ集まって話をするだけではなく、子どもたちが楽しめる体験を考え、実際に形にしていたことがわかります。
放送研究会とはまったく違う活動に見えますが、よく考えると似ているところもあります。
- 相手が何を求めているのかを考える
- 人と話し、相手のことを知る
- 企画を考えて形にする
- 誰かに届く形で伝える
現在、地域の人と接しながら仕事をしている日高優希さんにとって、こうした経験も学生時代の大きな財産になっていそうですね。
ミスお茶の水女子大学に出場した理由が印象的
日高優希さんは2017年度の「ミスお茶の水女子大学」でグランプリに選ばれています。
アナウンサーの学生時代としては華やかな経歴ですが、注目したいのは出場した理由です。
本人によると、理由の一つは自分磨きでした。
そしてもう一つ、「夢のつばさプロジェクト」の活動を多くの人に知ってもらいたいという思いがあったそうです。
震災から時間がたち、学生団体の部員集めが難しくなっていたため、自分がコンテストに出ることで活動を知ってもらえればと考えていました。
ミスコンというと、自分自身をアピールする場という印象もあります。
ところが日高優希さんは、その注目を所属する団体にも向けようとしていました。
グランプリという結果だけでは見えてこない、人柄を感じられるエピソードですね。
学生時代のエピソードから見える日高優希の人柄
日高優希さんの学歴を追っていくと、「勉強ができる人」という一言だけでは足りないことがわかります。
大学では授業に加え、放送研究会、学生団体、ミスコンなど、かなり幅広い活動に参加していました。
その一つひとつを見ると、興味を持ったことを実際の行動につなげるタイプだったことがうかがえます。
放送への興味をそのまま行動に移している
アナウンサーに憧れている学生は少なくありません。
ただ、日高優希さんの場合は、憧れるだけで終わらず放送研究会へ入り、実際に取材やニュース原稿の作成まで経験しています。
さらに全国大学放送コンテストにも挑戦し、2位という結果を残しました。
- お茶の水女子大学で学ぶ
- 東京大学放送研究会で放送活動に取り組む
- 全国大学放送コンテストで2位になる
- 「夢のつばさプロジェクト」で子どもたちと交流する
- ミスお茶の水女子大学グランプリに選ばれる
これだけの活動を大学生活の中で経験していたとなると、かなり行動力のある学生だったことが伝わってきます。
自分が目立つことより「何を伝えるか」を考えていた
人柄が特に伝わってくるのが、ミスコンへ参加した理由です。
もちろん、自分を磨きたいという思いもありました。
ただ、それと同時に、所属していた学生団体の活動をもっと知ってもらいたいと考えていました。
これは、現在のアナウンサーという仕事にも少し重なります。
アナウンサーは自分自身が画面に映る仕事ですが、本来の役割は自分を見せることではなく、ニュースや取材相手、地域の魅力を視聴者へ届けることです。
大学時代から「自分が注目されること」を「何かを伝える機会」として考えていたとすれば、今の仕事との相性がよかったのも納得できますね。
お茶の水女子大学への思いは卒業後も続いている
日高優希さんにとって、お茶の水女子大学は卒業すれば終わりという場所ではなかったようです。
卒業後に母校の大学案内へOGとして掲載された際には、大学生活についてかなり温かい言葉で振り返っています。
学生時代に何を感じていたのかを見ると、学歴という数字や学校名だけではわからない大学生活が見えてきます。
少人数だからこそ先生や友人と深く関われた
本人は、お茶の水女子大学について、夢や信念を持って一生懸命勉強する学生が集まる学校だという趣旨の思いを綴っています。
さらに、少人数だからこそ先生や友人と密にかかわることができたとも振り返っています。
そして大学生活の中で、生涯大切にしたいものをたくさん得られたという思いも明かしていました。
社会人になって数年がたってから、ここまで母校への思いを語れるのは、それだけ学生生活が充実していたからなのかもしれません。
本人が現在の仕事と大学時代の経験のつながりを感じていることも、卒業後の発信から伝わってきます。
日高優希の学歴と経歴を時系列で整理
ここまでの学生時代を順番に並べてみると、アナウンサーになるまでの流れがさらに見やすくなります。
宮崎から東京、そして新潟へと生活の場所は変わっていますが、「人と関わり、伝える」という軸は少しずつ太くなっていったように見えます。
宮崎県立宮崎西高等学校を卒業
地元の宮崎県宮崎市で高校時代までを過ごします。
お茶の水女子大学生活科学部へ入学
生活科学部人間生活学科で学びます。
東京大学放送研究会で活動
取材やニュース原稿作成、アナウンスを経験します。
「夢のつばさプロジェクト」に参加
東北の子どもたちとの交流活動に携わります。
全国大学放送コンテストで2位
放送活動で結果を残します。
ミスお茶の水女子大学グランプリ
自分磨きと学生団体の活動を知ってもらうことを目的に挑戦しました。
TeNYテレビ新潟のアナウンサーへ
学生時代から目指していた「伝える仕事」に就きます。
こうして並べてみると、大学時代にアナウンサーを目指すための経験をかなり積んでいたことがわかります。
ただ、放送だけに一直線だったわけではありません。
学生団体で子どもたちと交流したり、ミスコンに挑戦したりと、いろいろな場所へ自分から飛び込んでいます。
こうした幅のある学生生活が、現在の情報番組や取材でも生かされているのかもしれませんね。
現在はTeNYで地域に寄り添うアナウンサーに
大学時代に「報道系のアナウンサーになるのが夢」と語っていた日高優希さん。
現在はTeNYテレビ新潟で、その夢を実際の仕事にしています。
2026年現在、TeNYの公式ページでは「新潟一番」の金曜出演者として掲載されているほか、「新潟一番サンデープラス」にも出演しています。
大学時代に好きだった仕事を今も続けている
学生時代、日高優希さんが面白いと感じていたのは、「取材をして、ニュース原稿を作り、自分で読む」という一連の作業でした。
現在も地域の情報やニュースを伝える仕事を続けています。
2026年9月27日放送の「新潟一番サンデープラス」でも司会として出演しており、10月4日放送予定回にも出演者として名前が掲載されています。
大学時代の夢が叶っただけでなく、その仕事を続けながら経験を重ねています。
学生のころに感じた「伝える仕事の面白さ」が、そのまま現在につながっていると思うと素敵ですね。
現在も新しいことを勉強している
TeNYの現在の公式プロフィールを見ると、日高優希さんは「ことしの私は…」という項目で、気象の勉強を頑張るとしています。
アナウンサーになったあとも、新しい分野を学び続けているんですね。
ニュースや情報番組では、天気や災害について伝える機会もあります。
正しい情報をわかりやすく届けるために、新しい知識を身につけようとしている様子からは、学生時代から続く勉強熱心な一面もうかがえます。
公式プロフィールに掲載されている好きな言葉・座右の銘は「一隅を照らす」です。
学生時代にいろいろな活動へ取り組み、現在も新しいことを学びながら地域で仕事を続けている姿を見ると、この言葉も日高優希さんらしく感じられます。
日高優希の学歴で間違えやすい情報
日高優希さんについて検索すると、かなり細かな学生時代の情報まで出てきます。
ただ、そのすべてが本人や所属先から確認できるわけではありません。
ここでは、わかっていることと、まだ確認できないことを整理しておきます。
- 宮崎西高校卒業
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確認できます。大学時代の本人紹介記事に記載されています。
- お茶の水女子大学卒業
-
確認できます。本人の卒業後の発信からもわかります。
- 生活科学部人間生活学科
-
確認できます。本人の母校についての投稿に記載されています。
- 小学校・中学校
-
学校名は確認できません。宮崎県宮崎市出身であることまでが公表されています。
- 高校時代の放送部
-
二次情報では紹介されていますが、主要な公式情報では未確認です。
- 家庭科の教員免許
-
本人からの公式確認は取れていません。人間生活学科では家庭科教員免許を取得できる課程があります。
特に高校と大学については、本人に近い資料から確認できます。
一方で、小中学校や高校時代の細かな活動、取得資格まで同じ確度でわかっているわけではありません。
ネット上の情報をすべて一緒にせず、「どこまで確認できているのか」を分けて見るとわかりやすいですね。
偏差値だけで日高優希の学生時代を見るのはもったいない
日高優希さんの高校や大学を知ると、偏差値が気になる方もいると思います。
ただ、現在掲載されている学校の偏差値を、そのまま日高優希さんが受験した当時の数字として扱うことはできません。
また、宮崎西高校のどの学科・コースだったのか、お茶の水女子大学へどの入試方式で進学したのかについても、本人から公表された情報は確認できません。
「偏差値が高いからすごい」という見方だけでは、少しもったいない気がします。
大学で学びながら放送研究会にも入り、全国規模のコンテストへ挑戦する。さらに学生団体にも参加し、子どもたちとの交流を続ける。
こうした実際の学生生活を見るほうが、日高優希さんがどんな大学生だったのかは伝わりやすいのではないでしょうか。
日高優希の学歴について気になる疑問
最後に、日高優希さんの学歴について気になりやすいポイントをまとめておきます。
ここまで読んできた内容のおさらいにもなるので、「結局どこを卒業したの?」という方は確認してみてください。
日高優希の学歴まとめ
日高優希さんの学歴を改めてまとめると、高校は宮崎県立宮崎西高等学校、大学はお茶の水女子大学生活科学部人間生活学科です。
ただ、学校名だけを見ていると、日高優希さんの学生時代の魅力はなかなか見えてきません。
大学では東京大学放送研究会に所属し、実際に取材してニュース原稿を書き、それを自分で読む経験をしていました。
全国大学放送コンテストでは2位になり、学生のころから「報道系のアナウンサーになりたい」と将来の夢もはっきり語っています。
その一方で、「夢のつばさプロジェクト」に参加し、東日本大震災で親を亡くした子どもたちとの交流も続けていました。
ミスお茶の水女子大学へ出場したときも、自分を磨くことだけでなく、学生団体の活動を多くの人に知ってもらいたいという思いがあったそうです。
卒業後には、母校の大学案内へOGとして登場。
そこで本人自身が、大学で学んだことや学生団体での経験が現在の仕事につながっていると振り返っています。
現在はTeNYテレビ新潟で、「新潟一番」や「新潟一番サンデープラス」などに出演しています。
宮崎で過ごした高校時代。
東京で学びながら、放送や学生団体の活動に取り組んだ大学時代。
そして新潟で、人や地域の情報を伝えている現在。
こうして順番に見てみると、日高優希さんの学生時代と今の仕事は、思っている以上にきれいにつながっています。
どこの学校を卒業したのかだけではなく、そこで何を経験し、何に面白さを感じ、将来の仕事へつなげていったのか。
そこまで知ると、現在の日高優希さんがアナウンサーとして活躍している姿も、少し身近に感じられるのではないでしょうか。
