2026年に日本テレビへ入社した村上彩人(むらかみ・さいと)アナウンサー。
新人ながら、声楽で鍛えた伸びやかな歌声でも注目を集めています。
そんな村上彩人さんを見て、「高校や大学はどこなんだろう?」「もしかして音大出身?」と気になった人もいるのではないでしょうか。
- 出身高校は岩手県立一関第一高等学校
- 出身大学は早稲田大学社会科学部
- 高校では音楽部、大学では早稲田大学グリークラブで合唱に打ち込んだ
- 大学ではグリークラブの117代部長を務めた
- 声楽コンクールや『NHKのど自慢』でも実績を残している
- 学生キャスターや司会も経験し、2026年に日本テレビへ入社した
かなり本格的に声楽へ取り組んできた人ですが、音楽大学へ進んだわけではありません。
むしろ興味深いのは、早稲田大学グリークラブへの憧れを持って早稲田大学へ進学したことです。
高校では合唱に打ち込み、大学ではグリークラブの117代部長に。
その一方で、声楽コンクールや『NHKのど自慢』にも挑戦し、学生キャスターとして「伝える声」も磨いてきました。
学歴を順番にたどってみると、今のアナウンサーとしての姿が、学生時代から少しずつ形になっていたことが見えてきます。
村上彩人の学歴一覧
まずは、村上彩人さんの学歴を分かりやすく整理してみます。
小学校と中学校については、現在のところ具体的な学校名は公表されていません。
一方、高校と大学については、日本テレビの公式プロフィールなどから確認できます。
| 時期 | 学校・所属 | 主な活動 |
|---|---|---|
| 小学校 | 校名非公表 | 地元の劇団や合唱団に参加 |
| 中学校 | 校名非公表 | 市民劇場の公演に出演 |
| 高校 | 岩手県立一関第一高等学校 | 音楽部で合唱、部長を経験 |
| 大学 | 早稲田大学社会科学部 | グリークラブ部長、声楽、学生キャスター |
| 卒業後 | 日本テレビ | 2026年4月入社 |
- 2001年8月生まれ
- 岩手県一関市出身
- 岩手県立一関第一高等学校出身
- 早稲田大学社会科学部出身
- 特技は声楽、法螺貝、岩手弁
- 2026年4月に日本テレビへ入社
日本テレビのプロフィールでは、高校では混声合唱、大学では男声合唱に取り組み、青春を歌に捧げてきたことも紹介されています。
学校名だけを見ると「一関第一高校から早稲田大学」という学歴ですが、村上さんの場合は、その中身がかなり濃いんです。
村上彩人の小学校・中学校はどこ?
村上彩人さんの小学校と中学校は、今のところ公表されていません。
岩手県一関市出身で、千厩地域とのつながりも確認できますが、出身地域だけをもとに学校名を決めつけることはできません。
小学校・中学校名は推測しないほうがよさそうです。
一関市や千厩町とのつながりは確認できますが、本人や所属局から具体的な校名は公表されていません。
ただ、小中学生のころにどんなことをしていたのかは少し分かっています。
そして、その頃の経験が今の村上さんにつながっているんですね。
幼いころから地元の劇団や合唱団に参加
村上彩人さんは、幼少期から地元の劇団や合唱団に所属していました。
つまり、歌や舞台に触れ始めたのは高校や大学からではありません。
かなり早い時期から、人前で何かを表現する環境にいたようです。
中学2年生だった2016年には、一関藤沢市民劇場の『屋須弘平物語 さくら』という舞台にも出演しています。
当時の資料には「村上彩人(千厩町・中2)」と記され、少年役などを演じていました。
今ではテレビの前で堂々と話している村上さんですが、その原点をたどると地元の舞台に行き着きます。
実は人と話すことが苦手だった
さらに意外なのが、幼いころの性格です。
村上さんはもともと、人とのコミュニケーションを取るのがあまり得意ではなかったと明かしています。
今の姿からは、少し想像しにくいですよね。
村上さんにとって転機になったのが、市民劇団でした。
舞台活動を通じて、人と話すことが少しずつ楽しくなっていったそうです。
劇団四季の地方公演を見た経験にも勇気をもらったと振り返っています。
人前で話すことが得意だったからアナウンサーを目指した、という単純な話ではないんですね。
苦手だったことに少しずつ向き合って、その延長線上に今の仕事がある。
そう考えると、村上さんの学生時代の見え方も少し変わってきます。
村上彩人の出身高校は岩手県立一関第一高等学校
村上彩人さんの出身高校は、岩手県立一関第一高等学校です。
地元・岩手県一関市にある高校で、村上さんはここで音楽活動に力を入れていました。
今の村上さんを語るうえでも、高校時代はかなり大事な時期だったようです。
一関第一高校では音楽部の部長
村上彩人さんは、一関第一高校の音楽部で部長を務めていました。
日本テレビでは高校時代について「混声合唱部」と紹介されていますが、一関第一高校では合唱活動を行う部を音楽部と呼んでいます。
ですので、学校では音楽部に所属し、混声合唱に取り組んでいたと考えると分かりやすいですね。
高校生で部長を任されていたことも、ひとつのポイントです。
歌がうまいだけでは、部長はなかなか務まりません。
練習を進めたり、仲間の意見を聞いたり、みんなで一つの舞台を作ったり。
自分が歌うことと同時に、周りを見る力も必要になります。
後に大学でもグリークラブの部長を務めているので、人をまとめる経験は高校時代から積んでいたことになります。
合唱で身につけた「周りを聴く力」
合唱は、一人だけ声が大きければいいわけではありません。
ほかのパートを聴きながら、自分の声を全体の中に溶け込ませていく必要があります。
村上さんは現在、歌で鍛えたのどをアナウンスにも生かしたいと話しています。
もちろん、発声や声量も大きな財産でしょう。
ただ、それだけではなさそうです。
周りを聴いて、自分がどこで声を出すのかを考える。
この感覚は、共演者との掛け合いがあるテレビの現場にもつながっていきそうですね。
村上彩人の大学は早稲田大学社会科学部
高校卒業後、村上彩人さんは早稲田大学社会科学部へ進みました。
ここで少し気になるのが、「あれだけ歌が好きなのに、どうして音楽大学ではなかったの?」というところです。
実は、その理由につながるエピソードが残っています。
グリークラブに憧れて早稲田大学へ
早稲田大学グリークラブの紹介によると、村上彩人さんはグリークラブに憧れて早稲田大学に入学したそうです。
これはかなり印象的ですよね。
歌が好きだったけれど音楽大学へ行かなかった、というよりも、「早稲田大学で歌いたい」という気持ちが進学の理由のひとつになっていたわけです。
そして実際に入学後、憧れていたグリークラブに所属しました。
さらに数年後には、そのグリークラブの部長になります。
憧れていた団体に入り、最後には117代部長として団体を引っ張る側になった。
村上さんの大学時代を象徴するエピソードのひとつですね。
受験に失敗した経験もあった
とはいえ、進学までがすべて順調だったわけではないようです。
日本テレビの新人紹介で、村上さんは「受験に失敗した経験」があることを明かしています。
「早稲田大学に一度落ちた」「浪人した」とまでは分かっていません。
どの受験で失敗したのか、浪人経験があるのかなど、詳しい事情は公表されていません。
分かっているのは、受験でうまくいかなかった経験があっても、進むことを諦めなかったということです。
村上さんは歌のコンテストでも、何度も落選を経験したと振り返っています。
今だけを見ると華やかな経歴ですが、途中にはかなり悔しい思いもあったのでしょう。
2021年には社会科学部1年生
公開されている学生時代のプロフィールでは、村上彩人さんは2021年5月時点で早稲田大学社会科学部1年生として紹介されています。
その後、2026年3月には社会科学部の卒業式で学生フロンティア賞を受賞。
翌4月に日本テレビへ入社しました。
- 2021年:早稲田大学社会科学部1年生として大学生活をスタート
- 2022年:声楽コンクールの全国大会などで入賞
- 2023年:『NHKのど自慢』でチャンピオン
- 2024年:グリークラブ117代部長、チャンピオン大会で優秀賞
- 2025年:卒業記念コンサートを東京・岩手で開催
- 2026年:大学卒業、日本テレビへ入社
2021年に1年生で、2026年に卒業している点が気になる人もいるかもしれません。
ただ、休学や留年などについて本人や大学から説明された事実は確認できません。
ここは理由を想像せず、「2021年時点で1年生だった」「2026年3月に卒業時の表彰を受けた」と確認できる情報だけを見るのがよさそうです。
社会科学部で何を学んでいた?
村上彩人さんが所属した早稲田大学社会科学部は、政治や経済、法律、社会などを幅広く学べる学部です。
ただし、村上さんが具体的にどのゼミへ所属していたのか、何を研究していたのか、卒業論文のテーマが何だったのかは公表されていません。
そのため、「大学でこの分野を学んだからアナウンサーになった」とまでは言えません。
むしろ村上さんの場合、大学生活で詳しく分かっているのは授業の外での活動です。
グリークラブ、声楽、学生キャスター、司会、舞台鑑賞。
かなり充実した学生生活だったことが伝わってきます。
早稲田大学グリークラブでは117代部長
村上彩人さんの大学生活で欠かせないのが、早稲田大学グリークラブです。
憧れて入った男声合唱団で、村上さんは117代部長を務めました。
高校に続いて、大学でも部長です。
約50人の団員をまとめる立場に
当時の紹介では、グリークラブには約50人の団員がいました。
村上さんは部長として、新入生へ向けたメッセージも発信しています。
その文章を見ると、伝統ある団体だからと堅い雰囲気を押し出すのではなく、勉強やアルバイトも含めて大学生活を楽しんでほしいというスタンスが伝わってきます。
合唱未経験でも先輩と一緒に成長できる場所だと紹介しているのも印象的です。
自分だけが目立つというより、周りと一緒に楽しもうとするタイプなのかもしれません。
コンサートでは司会やナレーションも経験
グリークラブ時代の村上彩人さんは、歌うだけではなく、コンサートで司会やナレーションも担当していました。
地元や母校関係のイベントでも司会進行を務めています。
これは、後のアナウンサー志望にもつながる経験だったと考えられそうです。
歌では、感情や音楽を声に乗せます。
司会では、情報を整理して相手に伝えます。
同じ「声を使う」活動でも、求められるものは少し違いますよね。
村上さんは大学時代に、その両方を経験していました。
大学時代は声楽にも本格的に取り組んだ
村上彩人さんは、グリークラブに所属しながら、個人でも声楽を学んでいました。
大学の合唱サークルで歌っていた、というだけではありません。
全国規模のコンクールでも結果を残しています。
- 日本アマチュア声楽コンクール全国大会・中級クラス第4位
- 「春の声」声楽コンクールのアマチュア部門一般で入選
- 声楽家に師事し、イタリア歌曲や日本歌曲を学ぶ
- ミュージカル曲にも取り組む
- 『NHKのど自慢』とチャンピオン大会に出場
こうして並べてみると、かなり本格的ですよね。
全国大会で第4位
村上彩人さんは、第8回日本アマチュア声楽コンクール全国大会の中級クラスで第4位に入っています。
音楽大学の学生ではなく、早稲田大学社会科学部に通いながらの結果です。
もちろん、最初から順調だったわけではありません。
本人は日本テレビ入社後、歌のコンテストで何度も落選してきたと話しています。
結果だけを見ると「歌が得意な人」で終わってしまいますが、その裏では何度も挑戦を続けていたんですね。
声楽家に師事して幅広い曲を学ぶ
村上さんは、声楽家の曽部遼平さんや菅原浩史さんに師事した経歴もあります。
大学時代にはイタリア歌曲、日本歌曲、ミュージカルなど、さまざまなジャンルへ挑戦しました。
早稲田大学に通いながら、大学の外でも専門的に歌を学んでいたことになります。
だからこそ、音大出身ではなくても声楽の実績がこれだけ豊富なんですね。
『雨ニモマケズ』の一節を2時間練習
村上彩人さんらしさがよく出ているのが、『雨ニモマケズ』を歌ったときの話です。
歌詞を深く理解するため、宮沢賢治記念館や墓まで実際に足を運んだそうです。
さらに、最後の一節の歌い回しとビブラートだけで2時間ほど練習したこともあったといいます。
一つのフレーズに2時間。
村上さん自身も、興味を持ったことはとことん突き詰めたくなるタイプだと話しています。
ただ歌詞を覚えるのではなく、その言葉が生まれた背景まで知ってから声にする。
この姿勢は、アナウンサーの仕事にも通じるところがありそうです。
原稿に書かれた言葉を読むだけではなく、その向こうにいる人や出来事まで考えて伝える。
声楽で積み重ねた経験が、今の「伝える仕事」に生きているのかもしれません。
『NHKのど自慢』でチャンピオンに
大学時代の村上彩人さんを広く知られる存在にしたのが、『NHKのど自慢』です。
2023年、東京都瑞穂町で行われた回に出場。
井上芳雄さんの『僕こそ音楽』を歌い、チャンピオンに選ばれました。
ミュージカル曲『僕こそ音楽』を歌唱
『僕こそ音楽』はミュージカル『モーツァルト!』の楽曲です。
幼いころから劇団に参加し、大学時代にも数多くのミュージカルを見ていた村上さんには、ぴったりの選曲だったのかもしれません。
市民劇団、合唱、声楽、ミュージカル鑑賞。
それまで別々に積み重ねてきたものが、このステージでつながったようにも見えます。
チャンピオン大会2024では優秀賞
通常回でチャンピオンになった村上彩人さんは、その後『NHKのど自慢チャンピオン大会2024』へ出場しました。
そこでも『僕こそ音楽』を歌い、優秀賞を受賞しています。
全国各地のチャンピオンが集まる舞台での受賞です。
大学時代の声楽活動の中でも、特に大きな実績のひとつですね。
井上芳雄にアナウンサーの夢を伝えた
『のど自慢』には、もうひとつ印象的なエピソードがあります。
村上さんが歌った『僕こそ音楽』は、憧れのミュージカル俳優・井上芳雄さんとも縁の深い曲です。
その井上さんがゲストで出演していた際、村上さんは「将来アナウンサーになって、一緒に仕事をしたい」という夢を直接伝えたそうです。
その後、本当に日本テレビへ入社しています。
夢を口にしただけではなく、その頃から学生キャスターや声楽、司会などを続けていたことを考えると、かなり具体的に将来を描いていたのでしょう。
村上彩人は学生キャスターとしても活動
村上彩人さんは、大学時代に歌だけを追いかけていたわけではありません。
アナウンサーを目指して、学生のうちから放送の経験も積んでいました。
テレビ朝日アスクの学生キャスター
村上彩人さんの学生時代の経歴には、テレビ朝日アスク学生キャスターと記されています。
テレビ朝日アスクの学生キャスターオーディションにも名前が確認できます。
また、フジテレビのアナウンサースクール「アナトレ」の内定実績にも村上さんの名前があります。
歌の経験だけでアナウンサー試験へ進んだのではなく、アナウンスそのものもしっかり学んでいたようです。
「歌う声」と「伝える声」を両方磨いた
声楽とアナウンスは、どちらも声を使います。
でも、必要な力は同じではありません。
歌では音程や響き、表現力が求められます。
一方、アナウンスでは、内容を分かりやすく伝えることが大切です。
- 合唱では周りの声を聴く
- 声楽では一人で表現する
- 司会では場を進める
- キャスターでは情報を分かりやすく届ける
- 部長として多くの人をまとめる
こうして見ると、大学時代の経験がばらばらではないことが分かります。
すべて「声を使って人と関わる」というところでつながっています。
学生時代は映画館でアルバイト
村上彩人さんは、学生時代に映画館でアルバイトもしていました。
舞台だけでなく、映画も好きだったようです。
作品を見たあとに、テーマパークや実際の舞台となった場所まで訪れることもあると話しています。
ここでも、「気になったら実際に見に行く」という性格が表れていますね。
『雨ニモマケズ』を歌うために宮沢賢治ゆかりの場所へ足を運んだ話とも重なります。
上京後は30作品以上のミュージカルを鑑賞
大学進学後は、学生割引なども使いながら全国の劇場を巡り、30作品以上のミュージカルを鑑賞したそうです。
幼いころには市民劇団。
高校では合唱。
大学では男声合唱と声楽。
そして観客としても、たくさんの舞台を見る。
村上さんにとって舞台や音楽は、学生時代だけの趣味ではなく、かなり長く続いているものだと分かります。
演じる側、歌う側、見る側。
いろいろな立場から舞台に触れてきた経験は、今後エンタメ番組を担当するときにも生きてきそうです。
卒業前には東京と岩手でコンサート
村上彩人さんは大学生活の終盤にも、歌を続けていました。
2025年には卒業記念コンサートが企画され、東京だけでなく故郷の岩手・一関でも公演が行われました。
東京へ出たあとも、地元とのつながりを大切にしていたことが分かります。
村上さんは日本テレビのプロフィールでも、岩手弁を特技として挙げています。
好きな食べ物に盛岡冷麺を挙げるなど、入社後も岩手への思いは変わっていないようです。
卒業時には学生フロンティア賞
2026年3月、村上彩人さんは早稲田大学社会科学部の学生フロンティア賞を受賞しました。
受賞理由は、「歌唱コンテスト受賞および地方の文化芸術振興への貢献」です。
ここが村上さんらしいところですね。
評価されたのは、コンテストで賞を取ったことだけではありません。
地元などでの文化活動まで含めて、大学から評価されています。
東京で歌の経験を積みながら、その成果を故郷にも返していく。
学生生活の最後に、そんな活動がひとつの形になりました。
村上彩人の性格が分かる学生時代の4つのエピソード
学歴を見ていくと、村上彩人さんの性格も少しずつ見えてきます。
特に印象に残るのは、次の4つです。
- 人と話すのが苦手だった幼少期に市民劇団へ入った
- 受験や歌のコンテストで失敗しても挑戦を続けた
- 高校と大学の両方で部長を務めた
- 一つの歌詞を深く理解するため現地へ行き、フレーズを2時間練習した
日本テレビの新人紹介で、村上さんは「不撓不屈」という言葉を自分のモットーとして挙げています。
少し堅い言葉ですが、簡単に言えば「うまくいかなくても、そこで諦めない」ということですね。
幼いころは会話が苦手だった。
受験では失敗を経験した。
歌のコンテストでも何度も落ちた。
それでも劇団や合唱を続け、早稲田大学へ進み、全国大会や『のど自慢』で結果を残しました。
そう考えると、「何でも器用にこなしてきた人」というより、好きなものを長く続けてきた人なのだと思います。
村上彩人の学歴で気になる疑問
村上彩人さんは歌の経歴が目立つので、学歴についていくつか気になりやすいポイントがあります。
ここはSWELLのFAQ形式でまとめておきます。
早稲田大学卒業後は日本テレビへ
村上彩人さんは、2026年4月に日本テレビへ入社しました。
同年6月には新人アナウンサーとしてテレビ番組にも登場しています。
学生時代に磨いてきた声楽は、入社後もさっそく村上さんの個性として紹介されました。
初のテレビ出演でも声楽を披露
『ZIP!』への初出演では、男声合唱団で歌ってきた経歴が紹介され、声楽の特技も披露しています。
『DayDay.』でも歌声が取り上げられました。
アナウンサーになったからといって、学生時代の歌を封印したわけではないんですね。
むしろ「歌えるアナウンサー」という特徴が、そのまま仕事での強みになっています。
『歌唱王』を担当するのが目標
村上彩人さんは、今後担当してみたい番組のひとつに『歌唱王』を挙げています。
自分自身も歌のコンテストで緊張を味わってきたからこそ、出場者の気持ちが分かると話しています。
これは、村上さんの学生時代を知ると納得しやすいですね。
本人も、受験やコンテストで失敗を経験してきました。
それでも挑戦を続けてきた。
だからこそ、今度は「挑戦する人を声と言葉で支える側」になりたいのでしょう。
村上彩人の学歴まとめ
村上彩人さんの学歴は、岩手県立一関第一高等学校から早稲田大学社会科学部という流れです。
ただ、学校名だけを見て終わってしまうと、村上さんの面白さはなかなか伝わりません。
- 岩手県一関市出身で、幼少期から劇団や合唱団に参加
- 中学生では地元の市民劇場の舞台にも出演
- 一関第一高校では音楽部で合唱に打ち込み、部長を務める
- 早稲田大学グリークラブに憧れて早稲田大学社会科学部へ進学
- 大学ではグリークラブ117代部長を務め、声楽も本格的に学ぶ
- 『NHKのど自慢』でチャンピオン、チャンピオン大会2024で優秀賞
- 学生キャスターや司会、ナレーションも経験
- 卒業時には早稲田大学社会科学部学生フロンティア賞を受賞
- 2026年4月、日本テレビアナウンサーとして入社
幼いころは、人と話すのが少し苦手でした。
そこから市民劇団に入り、人と関わる楽しさを知ります。
中学生では舞台へ立ち、高校では一関第一高校の音楽部で合唱に打ち込み、部長になりました。
その後は、憧れていた早稲田大学グリークラブを目指して早稲田大学へ。
大学では男声合唱を続けながら117代部長を務め、外では声楽家に師事しました。
コンクールでは落選も経験しています。
それでも挑戦を続け、日本アマチュア声楽コンクール全国大会で入賞。
さらに『NHKのど自慢』でチャンピオンになり、『NHKのど自慢チャンピオン大会2024』でも優秀賞を受賞しました。
同時に、学生キャスターや司会、ナレーションにも挑戦しています。
歌うための声だけではなく、人へ何かを届けるための声も磨いていたんですね。
大学卒業時には、歌唱コンテストでの実績と地域文化への貢献が評価され、早稲田大学社会科学部の学生フロンティア賞を受賞。
そして2026年、日本テレビのアナウンサーとして新しいスタートを切りました。
こうして並べてみると、今の仕事は突然決まった進路ではありません。
市民劇団、合唱、声楽、司会、学生キャスター。
少しずつ形を変えながら、ずっと「声で人とつながること」を続けてきたように見えます。
村上彩人さんの学歴で印象的なのは、早稲田大学という学校名だけではありません。
うまくいかなかった経験があっても、好きな歌を続けてきたこと。
そして、その歌声を自分のためだけでなく、今度は誰かを支えるために使おうとしているところです。
これから音楽番組や情報番組、地元・岩手に関わる仕事が増えていけば、学生時代に積み重ねてきた経験がさらに生きてきそうですね。
