2026年にTBSへ入社し、『THE TIME’』『THE TIME,』などに出演している藤岡源(ふじおか・げん)アナウンサー。
テレビで見かける機会が増え、「藤岡源さんはどこの高校や大学を出ているの?」「慶應出身というのは本当?」と気になった人もいるのではないでしょうか。
藤岡源さんの出身高校は慶應義塾高等学校、出身大学は慶應義塾大学法学部です。大学時代のプロフィールでは、法学部法律学科だったことまで確認できます。
ただ、藤岡さんの学生時代は「慶應卒」という一言だけでは、なかなか語りきれません。
小学1年生から大学4年生まで続けたテニス、高校時代に本気で取り組んだ漫才、大学でのM-1グランプリ出場、そして全日本学生テニス連盟の理事長。
学校名だけでなく、そこでどんな経験をしてきたのかまで見ていくと、藤岡さんらしい人物像が見えてきます。
- 高校は慶應義塾高等学校
- 大学は慶應義塾大学法学部法律学科
- 小学1年から大学4年までテニスを継続
- 大学4年時には全日本学生テニス連盟の理事長を務めた
藤岡源の学歴を一覧で見るとどうなる?
まずは、藤岡源さんの学歴を分かりやすく整理してみます。
現在、学校名まで明確に確認できるのは高校と大学です。小学校と中学校は具体的な校名が公表されていませんが、当時どんなことをしていたのかは本人の発言や競技記録から分かっています。
- 小学校
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学校名は未公表。小学1年からテニスを始め、小学4年生の頃には本人いわく東京都1位を経験しています。
- 中学校
-
学校名は未公表。テニスを続けながら、学校行事などでは友人と漫才も披露していました。
- 高校
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慶應義塾高等学校。テニスを続けながら漫才にも本格的に取り組みました。
- 大学
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慶應義塾大学法学部法律学科。体育会庭球部に所属し、全日本学生テニス連盟の運営にも携わりました。
藤岡さん自身は、TBS入社後の自己紹介で「好きなことを、コツコツと続けてきました」と振り返っています。
その言葉どおり、テニスは小学生から大学卒業まで十数年間続けました。
一方で、小学校から大学まで、学校行事などのたびに友人と漫才をしていたそうです。スポーツだけでなく、人を笑わせることも昔から好きだったようですね。
藤岡源の出身高校は慶應義塾高等学校
藤岡源さんの出身高校は、慶應義塾高等学校です。
慶應義塾体育会庭球部の公式ブログでは、藤岡さん本人のプロフィールに「法学部法律学科」「慶應義塾高等学校出身」と記載されています。
高校時代の藤岡さんは、長く続けてきたテニスに取り組みながら、漫才にもかなり力を入れていました。
- 慶應義塾高等学校でテニスを継続
- 漫才にも本格的に挑戦
- ハイスクールマンザイのファイナリストに選出
- 高校3年ではテニスとお笑いの間で進路に迷う
高校時代もテニスを続けていた
藤岡源さんがテニスを始めたのは高校からではありません。
本人によると、小学1年生から選手コースでテニスを始めています。その後も中学、高校、大学まで競技を続けました。
高校時代にも大会へ出場しており、慶應義塾高校所属の藤岡源さんの名前が大会資料に残っています。
ただ、ずっと迷いなくテニスを続けていたわけではありません。
藤岡さんは後に、高校3年生の時期を自分にとっての大きな分岐点だったと振り返っています。
長くテニスを続けてきたことで、少し燃え尽きたような感覚があったそうです。
十数年も同じ競技に向き合っていれば、気持ちが揺れることもありますよね。藤岡さんも「大学でもこのままテニスを続けるのか」をかなり悩んでいました。
高校時代は漫才にも本気だった
藤岡源さんの高校時代を語るうえで、テニスと同じくらい気になるのが漫才です。
本人はTBS入社後、小学校から大学まで、林間学校や部活動の忘年会などのイベントがあるたびに友人と漫才をしていたと話しています。
つまり、テレビ局へ入ってから急にお笑いが好きになったわけではありません。かなり昔から、人前で話したり、人を笑わせたりすることが好きだったようです。
しかも高校時代は、趣味の範囲を少し超えています。
大学時代に出演した番組の公式紹介では、藤岡さんは高校時代に漫才へ打ち込み、ハイスクールマンザイのファイナリストに選ばれたと紹介されています。
テニスを続けながら、お笑いでも結果を残していたんですね。
競技スポーツと漫才はかなり違う世界に見えますが、仲間と練習し、本番で一緒に力を出すという意味では似ているところもあります。
高校3年で吉本興業も進路候補にしていた
高校3年生だった藤岡源さんは、大学で何をするのかかなり迷っていました。
- 吉本興業
- 慶應のお笑いサークル「O-keis」
- 慶應義塾大学の体育会庭球部
進路候補に吉本興業まで入っていたことを考えると、お笑いへの気持ちはかなり強かったのでしょう。
一方で、小学1年生から続けてきたテニスを完全にやめることにも迷いがあったようです。
最終的に選んだのは、慶應義塾大学の体育会庭球部でした。
大学4年生になった頃には、体育会庭球部に入ってよかったと振り返っています。特に、そこで出会った仲間や一緒に過ごした時間は大きなものだったようです。
最初から一本道を進んできたというより、迷いながらも自分で選び、その後はしっかり続けた。そんな学生時代だったことが伝わってきます。
藤岡源の大学は慶應義塾大学法学部法律学科
高校卒業後、藤岡源さんは慶應義塾大学法学部法律学科へ進学しました。
TBS入社後のプロフィールでは慶應義塾大学法学部卒業と紹介され、大学時代の体育会庭球部などのプロフィールでは法律学科まで確認できます。
大学では法学部で学びながら、体育会庭球部、学生テニスの大会運営、漫才など、かなり幅広く活動していました。
特に興味深いのは、学年が上がるにつれて、テニスとの関わり方が少しずつ変わっていったことです。
体育会庭球部で公式大会へ出場
大学入学後も選手としてテニスを継続。同じ時期に漫才コンビでも活動しています。
シングルス・ダブルスの大会へ継続して出場
慶應義塾体育会庭球部の選手として競技を続けました。
全日本学生テニス連盟の副理事長・大会レフェリーへ
選手だけでなく、大会全体を支える立場での活動が増えていきます。
全日本学生テニス連盟の理事長を担当
学生テニスの全国組織で理事長を務めながら、体育会での活動や漫才も続けました。
大学では本人いわく「三軍」だった
藤岡源さんはTBS入社後、小学4年生の頃には東京都1位だった一方、大学では「三軍」でプレーしていたと話しています。
小学生の頃に結果を出していた選手が、大学では思うような立場になれない。本人にとっては、悔しい部分もあったのではないでしょうか。
それでも、藤岡さんは大学4年までテニスを続けました。
結果が出なくなったから終わりにするのではなく、今の自分にできることを探しながら続けていたところが印象的です。
大学3年では大会を運営する側へ
大学生活が進むにつれて、藤岡源さんは選手だけでなく、大会を運営する側でも重要な役割を任されるようになります。
大学3年時には、全日本学生テニス連盟の副理事長を務め、学生理事委員会では副委員長・大会レフェリーを担当していました。
大会レフェリーは、単に試合を見ている役ではありません。
ルールを把握しながら大会全体の進行を見て、必要な場面では判断をする立場です。暑い時期の大会なら、選手の安全に関わる対応も求められます。
自分の試合だけに集中する選手とは、見る範囲がかなり違いますよね。
大学3年の頃には、すでに学生テニス全体を見渡すような役割を任されていたことになります。
大学4年では全日本学生テニス連盟の理事長に
大学4年生になると、藤岡源さんはさらに責任の大きな立場へ進みました。
2025年の全日本学生テニス連盟の役員名簿では、藤岡さんが理事長・業務執行理事を務めていたことが確認できます。
選手としては本人いわく「三軍」。一方で、組織運営では全国規模の学生テニス連盟の理事長まで務めています。
試合で目立つ立場ではなくても、自分にできる役割を別のところで見つけていたのでしょう。
大学生活の後半になるほど、「自分がプレーする側」だけでなく「周囲を支える側」へ役割が広がっているのが分かります。
藤岡源は大学でも漫才を続けていた
高校時代にハイスクールマンザイのファイナリストになった藤岡源さんですが、大学に入ってからも漫才を続けていました。
高校卒業時には「テニスを続けるか、お笑いを選ぶか」で迷っていましたが、実際には大学でどちらも続けています。
大学1年で「ルドウルフ」を結成
M-1グランプリの公式サイトには、アマチュアコンビ「ルドウルフ」のメンバーとして藤岡源さんの名前が掲載されています。
結成日は2022年8月1日。当時の藤岡さんは大学1年生の時期にあたり、プロフィールの職業欄にも「学生」とあります。
つまり、慶應義塾大学に入り、体育会庭球部でテニスを続けながら、同じ年に漫才にも挑戦していたということですね。
大学4年でも「ニーロク」でM-1に登録
さらに2025年には、アマチュアコンビ「ニーロク」としてもM-1グランプリに登録されています。
この年は、藤岡さんが大学4年生だった時期です。
しかも、全日本学生テニス連盟の理事長を務めていた年でもあります。
- 慶應義塾大学法学部での学業
- 体育会庭球部での活動
- 全日本学生テニス連盟の理事長
- M-1グランプリへの挑戦
かなり忙しい学生生活だったことが想像できます。
それでも好きなことを完全に手放さず、できる形で続けていたところに、藤岡さんらしさが感じられますね。
藤岡源の小学校と中学校はどこ?
藤岡源さんの高校と大学は分かっていますが、小学校と中学校の具体的な校名は現在のところ公表されていません。
TBS入社後のプロフィールでは、兵庫県尼崎市生まれ、東京都大田区育ちと紹介されています。
「東京都大田区育ち」という情報だけで、小学校や中学校を特定することはできません。
テニスクラブの所在地から学校名を推測するのも根拠が弱いため、現時点では「校名は未公表」と見るのが自然です。
小学1年からテニスの選手コースへ
藤岡源さんは、小学1年生からテニスの選手コースに入りました。
本人によると、小学4年生の頃には東京都1位になった経験もあったそうです。
当時のジュニア大会記録にも藤岡源さんの名前が残っており、かなり早い時期から本格的にテニスへ取り組んでいたことが分かります。
中学生になってもテニスを継続
中学生になってからも、藤岡源さんはテニスを続けています。
ジュニア大会の資料にも名前が残っており、本人も小学1年から大学4年までテニスを続けたと話しています。
その一方で、学校行事などでは漫才もしていました。
テニスに打ち込みながら、友人と人前に立つことも楽しんでいた。今の藤岡さんにつながる二つの軸は、この頃からすでにあったようです。
藤岡源の学生時代から見えてくる性格
学歴を見ていると、つい学校名ばかりに目が向きます。
ただ、藤岡源さんの場合は、どこの学校に通っていたか以上に「そこで何をしていたか」を見ると人柄が分かりやすいです。
- 好きなことを十数年間続ける粘り強さ
- 結果が出ないときに別の役割を見つけられる柔軟さ
- 組織全体を見る責任感
- 人を笑わせたり場を明るくしたりすることが好き
- 失敗を自分から笑い話にできる親しみやすさ
好きなことを長く続けられる
まず印象に残るのは、テニスを十数年間続けたことです。
小学1年から大学4年までなので、かなり長いですよね。
しかも、ずっと順調だったわけではありません。
小学4年の頃には東京都1位になった一方で、大学では本人いわく「三軍」。高校3年では、テニスに燃え尽きたような感覚もあったそうです。
それでも大学まで続けました。
何となく続いたというより、何度も自分の気持ちを整理しながら続けてきたのだと思います。
自分が主役でなくても動ける
大学では、選手だけではなく大会運営にも関わりました。
大学3年で副理事長とレフェリー、4年では理事長。試合に出る側から、大会全体を支える側へ少しずつ役割を広げています。
大学体育会の最後には、自分の役割について、明るく前向きな姿勢でチームの空気を変えたいという考えも書いていました。
自分が活躍することだけではなく、周りが力を出せるように動くことも大切にしていたようですね。
失敗を笑いに変えられる
藤岡源さんの発言を見ていると、自分を必要以上によく見せようとしないところも印象的です。
大学で三軍だったことも、自分から話しています。
さらに、テニスではスマッシュが最後まで苦手だったという話や、TBS入社後に同期と出たお笑いライブで観客が1人しかいなかったという話まで、自分で笑いにしています。
成功した話だけではなく、ちょっと格好悪い話も自然に出せる。このあたりは、藤岡さんの親しみやすさにつながっていそうです。
大学時代からメディアの仕事を目指していた
藤岡源さんが慶應義塾大学法学部からTBSアナウンサーになったことについて、「どうしてアナウンサーを選んだんだろう」と思う人もいるでしょう。
法学部とアナウンサーは、ぱっと見では直結しない進路に見えます。
ただ、大学時代の発言を見ていくと、突然アナウンサーを目指したわけではなさそうです。
大学3年の頃にはメディアの仕事を希望
2025年3月、大学3年生だった藤岡源さんは『CLUB CEO』に出演しています。
当時のプロフィールには、慶應義塾大学法学部法律学科3年、体育会テニス部所属と紹介されています。
番組では将来の夢について、メディアに携わり、自分が作ったものや思いを電波やSNSを通して届けたいという趣旨の話をしていました。
さらに、昔からチームで番組を作ることに魅力を感じていたそうです。
テニスも、大会運営も、漫才も、一人では成り立ちません。仲間と準備を重ね、本番を作り上げる経験を続けてきた藤岡さんにとって、テレビの仕事は自然な延長線上にあったのかもしれません。
アナウンサースクールにも通っていた
藤岡源さんは、大学在学中にアナウンサーになる準備も進めていました。
TBSのアナウンススクール「TBS Voice」の2026年内定実績には、TBS内定者として藤岡さんの名前があります。
さらにフジテレビのアナウンサースクール「アナトレ」でも、2026年のTBSテレビアナウンサー内定者として掲載され、アナウンス基礎コースを受講していたことが確認できます。
体育会庭球部や学生テニス連盟の活動と並行して、アナウンサーを目指す準備もしていたんですね。
大学卒業の直前に思いついた進路ではなく、学生のうちから少しずつ行動していたことが分かります。
藤岡源の学生時代は今の仕事にどうつながっている?
2026年にTBSへ入社した藤岡源さんは、『THE TIME’』『THE TIME,』などへの出演を始めました。
初出演の時はかなり緊張していたようで、本人は足が震えていたと振り返っています。
人前で漫才をしてきた藤岡さんでも、生放送のテレビはやはり別の緊張感があったようですね。
テニス経験はスポーツ実況の夢へ
藤岡源さんは、将来的に『SASUKE』の実況をしてみたいと話しています。
また、『水曜日のダウンタウン』などのバラエティーやお笑い番組にも関わりたいそうです。
スポーツ実況とバラエティー。
小学1年から大学4年まで続けたテニスと、長く続けてきた漫才。その両方が、今の目標につながっているように見えます。
2026年にはピックルボールの国際大会で実況見学も経験しています。
長年のスポーツ経験が、少しずつ放送の仕事にもつながり始めているようです。
大会運営の経験は番組づくりにも生きそう
藤岡源さんは、学生時代から「チームで何かを作ること」に魅力を感じていたようです。
大学では全日本学生テニス連盟の理事長として、大会運営にも深く関わりました。
選手、審判、大会スタッフなど、多くの人が関わる中で全体を見ながら動く経験をしています。
テレビ番組も、一人のアナウンサーだけでは作れません。
学生時代に「出る側」と「支える側」の両方を経験してきたことは、これから番組づくりに関わるうえでも生きてきそうです。
新人研修でも一歩ずつ成長
2026年8月末、藤岡源さんらTBS新人アナウンサーは約3カ月間の研修を終えました。
藤岡さんは研修について、滑舌や発声、原稿読みなど、思うようにできないことが多かったと振り返っています。
それでも、少しずつできることが増えていく楽しさも感じたそうです。
今後については、泥臭く一歩ずつ成長していきたいという思いを示していました。
すぐに結果が出なくても、続けながら少しずつできることを増やしていく。学生時代のテニスとも、どこか似ていますね。
藤岡源のプロフィール
藤岡源さんの基本プロフィールも、学歴とあわせて整理しておきます。
- 名前
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藤岡源(ふじおか・げん)
- 生年月日
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2003年4月24日
- 出生地
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兵庫県尼崎市
- 育った場所
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東京都大田区
- 出身高校
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慶應義塾高等学校
- 出身大学
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慶應義塾大学法学部法律学科
- 大学時代
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慶應義塾体育会庭球部、全日本学生テニス連盟理事長
- 所属
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TBSテレビ
趣味にはGoogleアースで古墳を見ることや、ラップバトル観戦なども挙げています。
テニスや漫才だけでなく、興味の幅はかなり広そうです。今後テレビ出演が増えていけば、学生時代とはまた違った一面も知られていきそうですね。
藤岡源の学歴についてよくある疑問
ここからは、藤岡源さんの学歴について特に気になりやすいポイントをQ&A形式でまとめます。
藤岡源の学歴は「慶應卒」だけでは語れない
藤岡源さんの学歴をまとめると、出身高校は慶應義塾高等学校、出身大学は慶應義塾大学法学部法律学科です。
小学校と中学校については、現在のところ具体的な学校名は公表されていません。
- 小学1年から大学4年までテニスを継続
- 高校では漫才にも本格的に挑戦
- 大学では選手と大会運営の両方を経験
- 大学4年で全日本学生テニス連盟の理事長
- 在学中からメディアの仕事を目指していた
こうして振り返ると、藤岡さんの学生時代で印象に残るのは、学校名そのものよりも、そこで何を続け、どんな役割を経験してきたかです。
小学時代にはテニスで結果を出した一方、大学では思うような立場になれない時期もありました。
高校3年では一度テニスに燃え尽き、吉本興業やお笑いサークルも進路候補にしています。
それでも大学では体育会庭球部を選び、選手を続けながら大会運営にも関わるようになりました。そして最終的には、全日本学生テニス連盟の理事長まで務めています。
一方で、高校時代から好きだった漫才も大学まで続け、M-1グランプリにも挑戦しました。
大学在学中には、将来メディアの仕事に携わりたいという思いも語っています。
スポーツを長く続けてきた経験、人を笑わせることへの興味、大会を支える側に回った経験、仲間と一つのものを作ることが好きだったこと。
そうした学生時代の積み重ねが、2026年に始まったTBSアナウンサーとしての仕事へ少しずつつながっているように見えます。
今後は『SASUKE』の実況やバラエティー番組にも関わりたいと話している藤岡源さん。
テニスで培ってきたスポーツへの理解と、漫才で磨いてきた親しみやすさ。その両方が、これからテレビでどんな形になって表れるのか楽しみですね。
