TBSの南後杏子アナウンサーを見て、「どこの大学を卒業したんだろう?」「高校や中学も知りたい」と気になった人もいるのではないでしょうか。
南後杏子アナの最終学歴は、早稲田大学法学部卒業です。
これはTBSの公式プロフィールでも確認されている情報ですね。
一方で、高校や中学校、小学校については少し事情が違います。
高校は福井県立藤島高等学校、中学校は当時の福井大学教育地域科学部附属中学校、小学校は福井市立宝永小学校とする情報が広く出ていますが、TBSが学校名まで公表しているわけではありません。
そのため、大学とそれ以前の学校を同じように「確定」と考えるのは少し早そうです。
- 南後杏子アナの大学・高校・中学・小学校
- 早稲田大学法学部でどんな学生生活を送っていたのか
- 藤島高校や附属中学校とされている情報はどこまで確かなのか
- 卓球・弓道・ヒップホップダンスなど学生時代の活動
- 大学時代からアナウンサーを目指すまでの流れ
学校名だけではなく、中学時代の研究、高校の弓道、大学でのヒップホップダンスや海外インターンに関わる活動までたどっていくと、現在の穏やかな印象とはまた違った一面も見えてきます。
南後杏子の学歴を時系列で見てみる
まずは、南後杏子アナの学歴を整理しておきましょう。
早稲田大学法学部については公式に確認できますが、高校以下は情報の確度に差があります。
- 大学
-
早稲田大学法学部
公式プロフィールで確認済み - 高校
-
福井県立藤島高等学校とされる
複数の媒体で紹介されているものの、本人やTBSによる校名の公式発表は確認できない - 中学校
-
福井大学教育地域科学部附属中学校とされる
年代や研究記録などから有力視されているものの、校名自体は公式未確認 - 小学校
-
福井市立宝永小学校とされる
主に二次情報で紹介されており、本人やTBSによる確認は取れていない
南後杏子アナは2001年2月1日生まれで、福井県福井市出身です。
浪人や留年などを示す公表情報は見当たらないため、一般的な進学時期に当てはめると、2013年ごろまでが小学校、2013年から2016年ごろまでが中学校、2016年から2019年ごろまでが高校、2019年から2023年ごろまでが早稲田大学での学生生活だったと考えられます。
2023年4月にはTBSテレビへ入社しました。
- 大学:早稲田大学法学部は公式確認済み
- 高校:藤島高校とする情報は有力だが公式未確認
- 中学:附属中学校とみられるが、校名そのものは公式未確認
- 小学校:宝永小学校説は二次情報が中心
こうして見ると、福井で高校までを過ごし、大学進学をきっかけに東京へ出たと考えるのが自然ですね。
そして面白いのが、学校が変わるたびに取り組んでいることも変わっているところです。
中学では卓球、高校では弓道、大学ではヒップホップダンス。勉強だけに力を入れてきたというより、いろいろな経験をしながら学生時代を過ごしていたようです。
学校名は「公式情報」と「有力情報」を分けて見る
南後杏子アナの学歴を調べると、「藤島高校卒」「附属中学校卒」といった情報がたくさん出てきます。
これだけ多く書かれていると、すべて確定した情報のようにも見えますよね。
ただ、TBSの公式プロフィールに書かれている学校名は、現時点では早稲田大学法学部までです。
高校については「弓道」、中学については「卓球」に取り組んでいたことが紹介されていますが、それぞれの学校名までは掲載されていません。
- 同じ学校名が多くのサイトに載っていても、本人が公表したとは限りません。
- 複数の記事が同じ情報源をもとに書かれている場合もあります。
- この記事では「公式確認済み」と「有力とされる情報」を分けて紹介しています。
出身校を知りたいところですが、分かっている範囲を丁寧に見ていくほうが、南後杏子アナの学生時代を正確に知ることができそうです。
南後杏子の大学は早稲田大学法学部
南後杏子アナの学歴の中で、はっきり確認できるのが大学です。
TBS公式プロフィールでは、出身大学として早稲田大学法学部が紹介されています。
2023年にTBSへ入社していることから、一般的な進学スケジュールであれば2019年ごろに入学し、2023年春に卒業したと考えられます。
ただ、大学時代については「早稲田に通っていた」というだけではありません。
法律を学びながら、ヒップホップダンスや海外インターンに関わる活動などにも取り組んでいました。
福井から東京の早稲田大学へ進学
南後杏子アナは、福井県福井市で生まれ育ちました。
TBS入社後の自己紹介でも、自ら「恐竜のまち福井県で生まれ育ちました」と話しています。
高校までは福井で過ごし、大学進学をきっかけに東京へ出たとみられます。
地元から東京の大学へ進むとなると、授業だけでなく生活そのものも大きく変わりますよね。
南後杏子アナの場合、その大学生活で学業だけに集中するのではなく、さまざまな活動に参加していました。
そうした経験が、のちにアナウンサーという仕事を考えるきっかけにもつながっていったようです。
大学では社会保障法を学んでいたとされる
南後杏子アナの大学時代については、社会保障法を専門とする菊池馨実教授のゼミに所属していたと複数の媒体で紹介されています。
ただし、このゼミについては現在のTBS公式プロフィールには記載されていません。
そのため、「早稲田大学法学部卒」という公式情報とは少し分けて考えたほうがよさそうです。
菊池教授の専門である社会保障法は、公的年金や医療保険、介護、生活困窮者支援など、私たちの暮らしに近い制度を扱う分野です。
テレビでニュースや生活情報を伝える現在の仕事とも、どこか通じるものがありますね。
もちろん、大学で社会保障法を学んだからニュースをうまく読める、という単純な話ではありません。
ただ、物事を整理し、いろいろな立場から考える法学部での学びは、情報を正確に伝える現在の仕事にも生かしやすい経験だったのではないでしょうか。
ダンスサークルではヒップホップを踊っていた
大学時代の意外な一面として知られているのが、ヒップホップダンスです。
南後杏子アナ本人が、大学時代はダンスサークルに所属し、ヒップホップを踊っていたと明かしています。
テレビで見る南後杏子アナは、どちらかというと落ち着いていて穏やかな印象ですよね。
そのため、「ヒップホップを踊っていた」と聞くと、少し意外に感じる人もいるかもしれません。
ただ、現在もダンスは趣味のひとつです。
J-POPやK-POPを聴いたり、ミュージックビデオやライブ映像を見たりするのも好きなのだそう。
欅坂46、現在の櫻坂46のパフォーマンスに惹かれ、初めてファンクラブに入ったことも紹介されています。
- 大学ではダンスサークルに所属
- ジャンルはヒップホップ
- 現在もダンスや音楽、ライブ映像が好き
ニュースを読む静かな姿だけでなく、音楽やダンスが好きな一面も持っているんですね。
海外インターンの運営にも関わっていた
大学時代には、海外インターンに関する運営活動にも携わっていました。
これも本人が明かしている学生時代の経験です。
法律の勉強に加えて、ダンスや海外インターンの運営までしていたとなると、かなり活動の幅が広かったことが分かります。
- 早稲田大学法学部で法律を学ぶ
- ダンスサークルでヒップホップに取り組む
- 海外インターンの運営に携わる
- 音楽やドラマ、映像作品にも親しむ
「勉強ができる人」という印象だけでは見えてこない部分ですね。
人と関わったり、自分を表現したりする経験が多かったことも、テレビの仕事へ興味を持つ土台になっていったのかもしれません。
南後杏子がアナウンサーを目指したきっかけ
早稲田大学法学部からアナウンサー。
この進路を見て、「もともとテレビ局を目指していたのかな?」と思う人もいるでしょう。
ただ、本人の話をたどると、幼いころからアナウンサー一本だったわけではなさそうです。
いくつかの経験を重ねる中で、「言葉を使う仕事がしたい」という思いが少しずつ強くなっていったようです。
「人の役に立ちたい」という思いが仕事選びの軸
南後杏子アナは、仕事を考えるときに「人の役に立ちたい」という気持ちを大切にしていたと話しています。
その思いを、自分が好きだったテレビの世界で形にできないかと考えたそうです。
アナウンサーになった理由というと、「子どものころからテレビが好きだった」「憧れのアナウンサーがいた」というエピソードを想像しがちです。
南後杏子アナの場合は、もう少し静かなきっかけだったようですね。
誰かに届く仕事がしたい。その中で、自分が好きなテレビと言葉を結び付けていったのでしょう。
人から掛けてもらった言葉に救われた経験
南後杏子アナは、悩んでいるときに周囲の人から掛けてもらった言葉に、何度も助けられたと話しています。
そこから「言葉には人を支える力がある」と感じるようになったそうです。
その経験が、「言葉に関わる仕事をしたい」という気持ちにつながっていきました。
大学時代の海外インターンに関わる活動でも、人とのコミュニケーションや言葉について考える機会があったとされています。
法学部で文章を読み、人と関わる活動を経験し、さらに自分自身も人の言葉に助けられる。
そうした一つひとつの経験が重なり、アナウンサーという仕事がだんだん現実的な進路になっていったのでしょう。
最初からアナウンサー一筋だったわけではなさそう
2025年に南後杏子アナが出演したTBS Podcastの番組紹介には、「アナウンサーの『あ』の字も出てこない…」という気になる言葉もあります。
紹介文だけでは、具体的に何歳ごろの話なのかまでは分かりません。
ただ、本人も別のインタビューで、アナウンサーを目指すことになった「特別大きなきっかけ」があったわけではないと話しています。
小学生のころから一直線にアナウンサーを目指していたというより、学生生活の中で少しずつ進路が形になっていったと考えるほうが自然ですね。
就職活動では等身大の自分を見せていた
アナウンサーの採用試験というと、自己PRの強い人たちが競い合うイメージもありますよね。
ところが南後杏子アナは、就職活動当時について「武器といえるような経験が何もない状態だった」と振り返っています。
さらに、自分を必要以上に大きく見せることもしなかったそうです。
できないことは「できない」と伝え、飾らない自分を見てもらおうとしていました。
早稲田大学法学部、ダンス、海外インターンなど、客観的に見れば十分いろいろな経験をしています。
それでも本人は、それを派手な「強み」として見せるより、ありのままの自分で選考に臨んだんですね。
現在のプロフィールでも自分の性格を「おっとり、真面目」と表現しています。
就職活動での姿勢を見ても、その自己分析はかなり自然に感じられます。
南後杏子の高校は藤島高校とされている
南後杏子アナの高校については、福井県立藤島高等学校だったという情報が広く知られています。
ただ、ここは少し慎重に見ておきたいところです。
TBSの公式プロフィールでは「高校では弓道に励んでいました」と書かれていますが、高校名そのものは明かされていません。
藤島高校説は有力でも公式発表ではない
複数の人物紹介記事では、南後杏子アナの出身高校として福井県立藤島高校が紹介されています。
一方で、本人やTBSが「藤島高校卒業」と公式プロフィールで発表しているわけではありません。
- 藤島高校説:複数の媒体で紹介されている
- 公式プロフィール:高校名の記載はない
- 確認できること:高校時代に弓道に取り組んでいた
ですので、「藤島高校出身とみられている」くらいに考えておくのがよさそうです。
藤島高校は福井市にある歴史の長い県立高校で、現在も弓道部があります。
南後杏子アナが高校時代に弓道をしていたこととは矛盾しませんが、それだけで学校を断定できるわけではありません。
高校時代は弓道に打ち込んでいた
高校時代に弓道に取り組んでいたことは、TBSの公式プロフィールで確認できます。
中学校では卓球、高校では弓道。同じ運動部でも、かなり違う競技ですよね。
卓球は相手の動きに素早く反応する場面が多い一方で、弓道は自分の姿勢や呼吸、動作に集中する競技です。
南後杏子アナは、自分について「慎重派」「何事にも時間がかかるタイプ」と話しています。
もちろん、弓道をしていたから現在の性格になったとは言えません。
ただ、同じ動作を繰り返しながら精度を高めていく弓道に取り組んでいたことは、本人が語る粘り強さとも少し重なりますね。
英検準1級と漢検2級を取得
南後杏子アナは、実用英語技能検定準1級と漢字検定2級も取得しています。
こちらはTBSの公式プロフィールに掲載されています。
ネット上では「高校時代に取得した」と紹介されることもありますが、公式プロフィールでは取得時期までは明かされていません。
そのため、「高校時代に取った」と断定するより、学生時代を含めたどこかの時期に取得したと見るのが自然です。
資格だけでアナウンサーとしての力が決まるわけではありませんが、言葉や語学にコツコツ取り組んできたことが分かる材料のひとつですね。
南後杏子の中学は福井大学教育地域科学部附属中学校?
南後杏子アナの学生時代を調べていて、特に興味深いのが中学校の時期です。
出身中学校は、当時の福井大学教育地域科学部附属中学校とする情報があります。
本人やTBSが学校名を公表しているわけではありませんが、南後杏子アナとかなり関係が深そうな公開記録が残っています。
現在は学校名が変わっている
現在の学校名は「福井大学教育学部附属義務教育学校」です。
南後杏子アナが中学生だったとみられる2013年から2016年ごろは、学校名が今とは違っていました。
当時の名称が「福井大学教育地域科学部附属中学校」です。
その後、大学の学部名変更や学校再編によって名称が変わりました。
昔の学校名と現在の学校名が違うため、調べる媒体によって表記が異なることがあります。
中学3年生に当たる時期に「南後杏子」の研究記録
そして注目したいのが、2015年度の福井県教育総合研究所の記録です。
中学校3年生の研究として、「南後 杏子」という名前が掲載されています。
「食品に含まれる植物酵素アミラーゼの活性について」
分野は生物で、科学アカデミー賞の優良賞を受賞しています。
2001年2月生まれの南後杏子アナは、2015年度には14歳から15歳。
ちょうど中学3年生の年代ですね。
もちろん、名前が同じというだけなら別人の可能性も考えなくてはいけません。
ただ、その後2025年に南後杏子アナ本人が出演したTBS Podcastでも、「アミラーゼの研究?」という話題が番組内容として紹介されています。
年齢、出身地、研究テーマまで重なることを考えると、この記録の「南後杏子」さんが本人である可能性はかなり高そうです。
アミラーゼ研究から見える学生時代の一面
アミラーゼは、でんぷんなどを分解する酵素として知られています。
中学3年生で食品に含まれるアミラーゼの働きを研究するとなると、ただ調べて終わりではありません。
条件を変えて試したり、結果を記録したり、なぜそうなったのかを考えたりする必要があります。
しかも、研究作品として提出し、優良賞に選ばれています。
南後杏子アナは現在、自分のことを「慎重派」で、何事にも時間をかけるタイプだと話しています。
一つのテーマをじっくり調べ、結果をまとめる研究活動は、そんな現在の自己分析とも少し重なって見えます。
統計グラフコンクールに入賞したという情報もある
中学2年生のころには、統計グラフ福井県コンクールで佳作を受賞したという情報もあります。
作品テーマは、「繊維王国福井の今~試される王国の力~」と紹介されています。
福井県は昔から繊維産業が盛んな地域です。
もしこちらも本人の作品であれば、理科だけでなく、地元の産業や社会にも関心を持っていたことになります。
- アミラーゼ研究は公的な研究記録と後年の本人出演番組が結び付いている
- 統計グラフ作品については、アミラーゼ研究ほど強い一次資料を今回確認できていない
そのため、統計グラフのエピソードは「複数の人物紹介記事で伝えられている情報」として見ておくのがよさそうです。
中学では卓球にも取り組んでいた
中学時代の部活動については、卓球をしていたことが公式プロフィールに書かれています。
研究活動だけでなく、スポーツにも取り組んでいたんですね。
人物紹介記事では卓球部で試合に出場していたという話もありますが、TBS公式プロフィールではそこまで細かな活動内容は紹介されていません。
確実に分かっているのは、「中学では卓球に励んでいた」というところまでです。
研究と運動。まったく違うことを同じ時期に経験していたのも、南後杏子アナの学生時代らしいところかもしれません。
南後杏子の小学校は宝永小学校とされる
小学校については、福井市立宝永小学校だったという情報があります。
ただ、高校や中学校以上に公表情報が少なく、本人やTBSによる確認も取れていません。
そのため、小学校については「宝永小学校とされている」くらいで見ておいたほうがよさそうです。
福井市で育ったことは公式に分かっている
小学校名は確認できませんが、南後杏子アナが福井県福井市で生まれ育ったことは、公式プロフィールや本人の発言から分かっています。
TBS入社時には、「雪国福井で培った粘り強さ」という言葉も使っていました。
これは少し印象的ですよね。
単に「福井県出身」というだけではなく、本人自身が故郷で過ごした経験を、自分の性格と結び付けて考えていることが分かります。
現在も好きな食べ物として越前そばを挙げています。
東京で生活するようになったあとも、福井への親しみは変わらないようです。
南後杏子の学生時代が分かる5つのエピソード
ここまで学校ごとに見てきましたが、少し視点を変えて学生時代全体を眺めてみると、南後杏子アナらしさがより分かりやすくなります。
早稲田大学という学歴だけでなく、何に取り組んできたのかを見ると、かなり幅の広い学生生活だったことが分かります。
中学では研究と卓球
中学時代には卓球に取り組みながら、理科研究にも力を入れていたとみられます。
アミラーゼをテーマにした研究が優良賞に選ばれていることからも、一つのことをきちんと調べて形にする姿勢が見えてきます。
勉強だけではなく、部活動にも参加していたところを見ると、学校生活の中でいろいろなことに挑戦していたようです。
高校では弓道へ
中学の卓球から、高校では弓道に変わりました。
ひとつの競技だけを長く続けるのではなく、環境が変わるたびに新しいことへ挑戦しています。
本人は慎重派だと話していますが、だからといって新しいことを避けるタイプではなかったようですね。
大学ではヒップホップダンス
高校の弓道から、大学ではヒップホップへ。
かなり雰囲気が変わります。
でも、こうした振れ幅の大きさこそ、南後杏子アナの学生時代のおもしろいところです。
勉強、スポーツ、表現。それぞれ違うジャンルに触れてきた経験が、現在のテレビでの幅広い活動にもつながっているのかもしれません。
海外インターンの運営で人と関わる
大学では海外インターンの運営にも携わりました。
ここでは、サークル活動とはまた違った形で人と関わることになります。
南後杏子アナが「人の役に立ちたい」「言葉に携わる仕事がしたい」と考えるようになった時期とも重なります。
大学時代に人との関わりが増えたことは、将来を考えるうえでも大きかったのではないでしょうか。
自分を大きく見せずに就職活動
就職活動では、できないことまでできるように見せるのではなく、等身大の自分を見てもらおうとしていました。
これは簡単そうで、意外と難しいことです。
特にアナウンサー試験のように、自分の魅力を短い時間で伝えなければならない場では、ついよく見せたくなりますよね。
それでも自分を必要以上に飾らなかったところに、南後杏子アナの真面目さが表れているように感じます。
学歴から見えてくる南後杏子の性格
南後杏子アナは、早稲田大学法学部卒という学歴だけを見ると、「勉強も何でも器用にこなす人」という印象を持たれやすいかもしれません。
でも、本人が話す自分の姿は少し違います。
- おっとり
- 真面目
- 不器用
- 慎重派
- 何事にも時間がかかるタイプ
何でもすぐできるタイプではなく、時間をかけながら覚えていく人なのだそうです。
苦手なこともわりと正直に話している
TBS入社後の新人研修でも、南後杏子アナは自分がうまくできなかったことをかなり率直に振り返っています。
フリートークでは、話が表面的になってしまうこと。
インタビューでは、相手の話を深く掘り下げられなかったこと。
そうした反省点を自分の言葉で書いていました。
「早稲田を卒業した優秀な新人」というイメージだけではなく、できなかったことに一つずつ向き合っている姿が見えてきます。
「積み重ねるタイプ」という印象
学生時代を振り返ると、研究、卓球、弓道、法律、ダンスと、内容はかなりバラバラです。
ただ、共通していることもあります。
どれも一度やっただけですぐに身につくものではありません。
研究なら試行錯誤が必要です。卓球や弓道、ダンスなら何度も練習します。法律も、文章を読みながら考え続ける学問です。
南後杏子アナ自身が「時間がかかるタイプ」と話していることを考えると、学生時代から少しずつ積み重ねるスタイルだったのかもしれませんね。
学生時代の経験は現在のアナウンサー活動にもつながっている
南後杏子アナは2023年にTBSへ入社しました。
現在は朝の情報番組やニュース、バラエティーなど、いろいろな番組で姿を見るようになっています。
学生時代の経験がそのまま仕事に直結しているとは言えません。
ただ、昔から大切にしてきたことと、現在のアナウンサーとしての姿勢には、自然につながって見える部分があります。
法学部で学んだ「整理して考える力」
法学部では、文章を読み、事実を整理し、いくつかの立場を比べながら考える場面が多くあります。
ニュースや情報番組でも、まず内容をきちんと理解し、それを視聴者に分かりやすく伝えなければなりません。
南後杏子アナ本人が「法学部で学んだからニュースが得意」と話しているわけではありません。
それでも、大学で積み重ねた考え方は、現在の仕事にも生かしやすいものだったのではないでしょうか。
ダンス経験から見える表現する一面
一方で、ヒップホップダンスは法律とはまったく違う世界です。
音楽を聴きながら、身体で表現します。
テレビも声だけではなく、表情や姿勢、動きなど、いろいろな要素で視聴者に伝わる仕事です。
ニュースでは穏やかに話す南後杏子アナですが、学生時代にダンスをしていたことを知ると、表現すること自体も好きなのだろうなと感じられます。
目標は「信頼される伝え手」
TBSに入社したころ、南後杏子アナは「情報の伝え手として信頼される人間になりたい」と話していました。
大学時代に感じた言葉の力。
周囲の人の言葉に助けられた経験。
そして、人の役に立ちたいという思い。
そうしたものをたどっていくと、この「信頼される伝え手」という目標は、突然出てきたものではなさそうです。
学生時代の経験が、少しずつ現在の仕事につながっているのでしょう。
南後杏子の学歴についてよくある疑問
ここまで詳しく見てきましたが、南後杏子アナの学歴について、特に気になりやすいところを最後にまとめておきます。
- 南後杏子の大学はどこ?
-
早稲田大学法学部です。TBSの公式プロフィールに記載されているため、こちらは確認済みの情報です。大学では法律を学びながら、ヒップホップダンスや海外インターンに関わる活動にも取り組んでいました。
- 南後杏子の高校は藤島高校?
-
福井県立藤島高校だったとする情報が複数あります。ただし、本人やTBSは出身高校名を公式プロフィールで公表していません。そのため、「藤島高校とされている」と見るのがよさそうです。高校時代に弓道をしていたことは公式に確認できます。
- 南後杏子の中学校はどこ?
-
当時の福井大学教育地域科学部附属中学校とする情報があります。学校名そのものは公式発表されていませんが、中学3年生の年代に「南後杏子」という名前でアミラーゼ研究の記録が残り、後年の本人出演番組でもアミラーゼ研究が話題になっています。
- 南後杏子は学生時代から勉強が得意だった?
-
学校での成績や順位は公表されていません。そのため「学年トップだった」といったことまでは分かりません。ただ、早稲田大学法学部卒業、中学時代とみられる理科研究、英検準1級や漢検2級など、勉強にしっかり取り組んできたことをうかがわせる材料はいくつもあります。
- 昔からアナウンサーになりたかった?
-
幼いころから一筋にアナウンサーを目指していたタイプではなさそうです。本人は「特別大きなきっかけ」があったわけではないと話しています。「人の役に立ちたい」という思いや、周囲の言葉に救われた経験から、少しずつ言葉に関わる仕事を考えるようになりました。
南後杏子の学歴は早稲田大学だけでなく学生時代の過ごし方も興味深い
南後杏子アナの最終学歴は、早稲田大学法学部卒業です。
高校は福井県立藤島高校、中学校は当時の福井大学教育地域科学部附属中学校、小学校は福井市立宝永小学校とする情報があります。
ただし、大学以外の学校名はTBSが公式に公表しているわけではありません。
そのため、「確定している学歴」と「有力とされている学校」は分けて見ておくと分かりやすいですね。
- 中学では卓球と研究に取り組む
- 高校では弓道に挑戦
- 早稲田大学法学部へ進学
- 大学ではヒップホップダンスを経験
- 海外インターンの運営にも携わる
- 「人の役に立ちたい」「言葉に関わる仕事がしたい」という思いからアナウンサーへ
一見すると、あまり共通点がないようにも見えます。
でも、どれも実際にやってみて、少しずつ身につけていく活動です。
南後杏子アナ自身も、自分は器用なタイプではなく、慎重で時間がかかると話しています。
それでも、新しいことを避けてきたわけではありません。
むしろ学校が変わるたびに違うことへ挑戦し、自分の世界を広げています。
早稲田大学法学部という学歴はもちろん目を引きます。
ただ、南後杏子アナらしさがより伝わってくるのは、その肩書だけではなく、学生時代に研究やスポーツ、ダンス、人との関わりを一つずつ経験してきたところかもしれません。
そうした積み重ねの先に、「言葉を使って人の役に立ちたい」という思いが生まれ、現在のアナウンサーという仕事につながっていったのでしょう。
