テレビ朝日のアナウンサーとして活躍している荒井理咲子さん。
落ち着いた話し方や、英語・スペイン語を生かした一面を見て、「どんな学校に通っていたんだろう?」「大学は慶應義塾大学なの?」と気になった人もいるのではないでしょうか。
荒井理咲子さんの学歴をたどっていくと、小学生時代の香港、高校時代のメキシコ、そして慶應義塾大学経済学部PEARLと、かなり国際色のある学生生活を送っていたことが分かります。
ただ、最初から何でも器用にこなしてきたわけではないようです。
高校2年生でメキシコへ転校した直後は、授業についていくために夜まで勉強していたそうです。
英語だけでなくスペイン語にも向き合いながら、少しずつ新しい環境になじんでいったんですね。
その経験は、のちに言葉や発音への興味にもつながっていきました。
- 荒井理咲子さんの小学校・中学校・高校・大学の学歴
- 高校2年生でメキシコへ転校したあとの学生生活
- 慶應義塾大学経済学部PEARLとはどんなプログラムなのか
- 英語・スペイン語とアナウンサーを目指したきっかけ
- 学生時代の経験が現在の仕事にどうつながっているのか
荒井理咲子の学歴一覧
まずは、荒井理咲子さんの学歴をざっくり整理してみましょう。
小学校と中学校については、具体的な学校名は公表されていません。
一方で、高校と大学はテレビ朝日の公式プロフィールで確認できます。
- 小学校
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校名は非公表。小学生時代に香港で生活し、英語に触れています。
- 中学校
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校名は非公表。本人は中高生時代、テスト期間に図書室で勉強していたと振り返っています。
- 高校
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Escuela John F. Kennedy, the American School of Querétaro。高校2年生でメキシコへ転校しました。
- 大学
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慶應義塾大学経済学部PEARL。英語で経済学を学ぶプログラムです。
- 就職
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テレビ朝日。2023年4月にアナウンサーとして入社しています。
荒井理咲子さんの学歴で特に特徴的なのは、「言葉」が学生生活を通してずっと身近にあったことです。
香港で英語に触れ、メキシコではスペイン語を学び、大学では英語を使って経済学を勉強しています。
そして最終的には、日本語の発音にも深く興味を持つようになりました。
アナウンサーという仕事を選んだことも、こうした学生時代の経験と切り離せないようです。
荒井理咲子は小学生時代に香港で生活
荒井理咲子さんの海外生活は、高校時代のメキシコから始まったわけではありません。
本人によると、小学生のころには香港で生活していました。
そこで英語に触れたことが、のちの言葉への興味につながっていったそうです。
香港で英語が好きになった
荒井理咲子さんは、小学生時代に香港で暮らしたことで英語が好きになったと話しています。
ただ、荒井さんがひかれていたのは、単語を覚えたり英文を読んだりすることだけではありませんでした。
特に興味を持ったのが「発音」です。
英語には、日本語とは違う舌の動かし方や音の出し方があります。
その違いをまねしたり、自分で同じ音を出そうとしたりすることが楽しかったそうです。
子どものころには、外国語を学ぶ中で「耳がいい」と言われることもあり、それがうれしかったと振り返っています。
褒められたことをきっかけに、もっと上手に発音したいと思うようになったのかもしれませんね。
現在の荒井さんは英検1級を取得しています。
ただ、その語学力のスタート地点をたどると、資格の勉強より前に、「外国語の音って面白い」という素朴な興味があったことが分かります。
出身小学校の名前は公表されていない
気になるのが、「香港ではどこの小学校に通っていたの?」という点です。
ただ、現在のところ具体的な小学校名は公表されていません。
香港で生活していたことは本人が明かしていますが、学校名や通っていた詳しい時期までは分かっていません。
小学校については、学校名を断定できる公式情報は確認されていません。
海外で暮らしていたと聞くと、「インターナショナルスクールだったのかな?」と想像したくなるところですが、ここは推測になります。
確認できているのは、小学生時代に香港で暮らしていたこと、その時期に英語に触れたこと、外国語の発音に興味を持つようになったことです。
無理に学校名を決めつけず、分かっている範囲で見ておくのがよさそうです。
荒井理咲子の出身中学校はどこ?
小学校と同じく、荒井理咲子さんの出身中学校も公表されていません。
テレビ朝日の公式プロフィールには、高校と大学については記載がありますが、中学校の名前は載っていません。
そのため、「○○中学校出身」という情報を見かけた場合も、公式情報なのかどうかは確認したほうがよさそうです。
中高生のころは図書室で勉強していた
学校名は分からないものの、中学生のころの過ごし方については本人が少し話しています。
荒井さんは、中高生時代のテスト期間になると図書室へ行って勉強していたそうです。
周りに静かに勉強している友人がいると、自分も頑張ろうという気持ちになれたと振り返っています。
一人きりで黙々と勉強するより、友人と同じ空間にいるほうが集中しやすいタイプだったのかもしれません。
このスタイルは大学時代にも続いていました。
大学のテスト期間には、友人と図書館で一日過ごすこともあったそうです。
本人いわく、「勉強半分、おしゃべり半分」という感じだったようで、少し親しみを感じますね。
海外経験や語学力が目立つ荒井さんですが、友人と一緒に試験勉強をする姿は、ごく普通の学生らしさを感じさせます。
荒井理咲子の出身高校はメキシコのアメリカンスクール
荒井理咲子さんの学歴で、特に気になる人が多いのが高校時代です。
出身高校は、メキシコのケレタロにある「Escuela John F. Kennedy, the American School of Querétaro」です。
テレビ朝日の公式プロフィールにも、この学校名が掲載されています。
しかも荒井さんは、高校入学時からメキシコにいたわけではありません。
高校2年生になってから転校しています。
学歴を見るうえで大きなポイントは、高校生活の途中でメキシコへ転校したことです。
日本で高校生活を始めたあと、言葉も文化も違う環境へ移り、そこで英語とスペイン語を使いながら学んでいました。
高校2年生でメキシコへ転校
本人によると、メキシコへ移ったのは高校2年生のころでした。
高校生活の途中で国が変わり、言葉も学校の雰囲気も大きく変わる。
想像するだけでも、かなり大変そうですよね。
高校2年生といえば、勉強も少しずつ難しくなり、友人関係もできあがってくる時期です。
そんな中で環境が一気に変わったわけですから、戸惑いも少なくなかったと思います。
本人も当時について、大変だったことは多かったという趣旨で振り返っています。
ただ、今ではメキシコでの高校生活を良い思い出として話しています。
最初は苦労したとしても、あとから振り返ると自分にとって大きな経験になっていたんでしょうね。
英語とスペイン語の授業に苦戦
荒井理咲子さんが通っていた高校では、英語とスペイン語の両方が使われていました。
小学生時代に香港で英語に触れていたとはいえ、英語を使って高校レベルの授業を理解するとなると話は別です。
日常会話ができても、授業についていくには専門的な単語や表現も必要になります。
本人も当時の英語力について、日本語で話すことはできても「国語」は苦手、という状態に近かったと説明しています。
さらに、スペイン語はほぼ一から学ばなければなりませんでした。
英語も勉強しながら、同時にスペイン語も覚える。
かなり頭を使う毎日だったのではないでしょうか。
今では英検1級に加え、DELEスペイン語検定B1も取得しています。
今の語学力だけを見ると、「昔から何でも話せた人」に見えるかもしれません。
でも実際には、高校時代に苦戦しながら一つずつ身につけてきたようです。
転校直後は夜まで勉強
荒井理咲子さんの高校時代で、とても印象に残るのが勉強場所の話です。
メキシコの高校では、図書室が小さな子ども向けだったため、自宅のキッチン横にあるカウンターで勉強していました。
転校したばかりのころは、授業についていくことに必死だったそうです。
夜までカウンターに座り、勉強を続けることもありました。
「海外にいたから自然に語学ができるようになった」というわけではありません。
新しい学校、新しい言語、新しい生活の中で、授業についていくための勉強を地道に積み重ねていました。
慣れないことが重なる中でも、まず授業についていこうと勉強を続けていたところに、荒井さんの粘り強さが見えます。
スペイン語の「言葉の仕組み」に夢中になった
最初は苦戦していたスペイン語ですが、勉強するうちに面白さも感じるようになりました。
荒井さんは、単語の成り立ちや、言葉同士のつながりに気づくことが楽しかったと話しています。
ただ「テストのために覚える」のではなく、「どうしてこの単語になるんだろう?」と考えること自体が好きだったようです。
香港では英語の発音。
メキシコではスペイン語の音や言葉の仕組み。
少しずつ興味が広がっていったことが分かります。
この「言葉そのものを面白がる感覚」が、後にアナウンサーという仕事を選ぶきっかけにもつながっていきました。
ボランティア活動も大きな学びになった
メキシコの高校では、勉強だけでなくボランティア活動にも参加していました。
学校ではボランティアが必須科目になっており、荒井さんはこの時間がかなり好きだったそうです。
- アルツハイマー型認知症の患者が暮らす施設で話し相手になる
- 小学生にチェスを教える
- 活動の一環で南米チリへ行く
- チリで地元の大工と一緒に学校の遊具を作る
教室で勉強しているだけでは、なかなか経験できないことばかりですね。
荒井さん自身も、普通の授業とは違った学びがあったと振り返っています。
ボランティアでは、自分と年齢も生活環境も違う人と接することになります。
言葉が話せればそれで終わりではなく、「どう接したら伝わるかな」と考える場面も多かったはずです。
現在、ニュースの現場でさまざまな人から話を聞いている荒井さんを見ていると、高校時代のこうした経験もどこかでつながっているように感じます。
荒井理咲子の出身大学は慶應義塾大学経済学部PEARL
メキシコの高校を卒業した荒井理咲子さんは、慶應義塾大学へ進学しました。
学部は経済学部。
その中でも「PEARL」というプログラムで学んでいます。
テレビ朝日の公式プロフィールにも、「慶應義塾大学 経済学部PEARL」と記載されています。
PEARLは英語で経済学を学ぶプログラム
PEARLは、「Program in Economics for Alliances, Research, and Leadership」の略です。
少し長い名前ですが、簡単にいうと英語で経済学を学ぶプログラムです。
9月入学で、4年間の授業を英語で受けながら学位取得を目指します。
荒井さんは高校時代に、英語とスペイン語を使う環境で学んでいました。
そこから大学でも、英語を使って専門分野を学ぶPEARLへ進んでいます。
海外経験や語学力を、そのまま大学での学びにつなげた形ですね。
「慶應義塾大学出身」というだけでなく、「英語で経済学を学ぶPEARLだった」という点が荒井理咲子さんの学歴の大きな特徴です。
PEARLの偏差値は単純に出せない
慶應義塾大学と聞くと、「偏差値はどのくらい?」と気になる人もいると思います。
ただ、PEARLの場合は一般的な日本の大学入試と少し仕組みが違います。
現在のPEARLでは、IBやSATなどの成績や、TOEFL・IELTSといった英語力を示す資料などをもとに選考が行われています。
一般入試のように、国語・英語・数学などの試験を受けて、その結果を偏差値で比べる形とは違います。
「荒井理咲子さんの大学の偏差値は○○」と一つの数字で断定するのは難しいです。
荒井さん本人がどの試験を使ったのか、どのくらいのスコアだったのかも公表されていません。
また、現在の入試制度と、荒井さんが受験した当時の制度がまったく同じとも限りません。
そこは分けて考えたほうが自然ですね。
大学4年間はほぼ毎日家庭教師
荒井理咲子さんは、大学時代に家庭教師のアルバイトをしていました。
しかも本人によると、大学4年間はほとんど毎日のように家庭教師をしていたそうです。
最初に担当したのは6歳の子どもでした。
絵本を読んであげながら、新しい言葉や表現に触れてもらう時間もあったといいます。
荒井さん自身も、絵本の短い文章の中に気持ちや考えが詰まっていることに、改めて魅力を感じたそうです。
言葉を学ぶだけでなく、今度は誰かに伝える側になったわけですね。
4年間ほぼ毎日続けていたという点からも、かなり真面目に取り組んでいたことがうかがえます。
英語の発音を教える仕事もしていた
家庭教師だけでなく、英語の発音を教える仕事も経験しています。
荒井さんはもともと発音が好きだったので、学生時代には自分が学ぶだけでなく、教える側にもなっていました。
発音を教えるときには、「自分で発音できる言葉は聞き取りやすくなる」という考え方を大切にしていたそうです。
外国語学習ではシャドーイングもおすすめしていました。
小学生時代から好きだった発音が、大学時代にはアルバイトになる。
かなり一貫していますね。
語学が「得意科目」だっただけではなく、長く続いている興味そのものだったことが分かります。
大学の図書館では友人と勉強
大学のテスト期間には、友人と図書館で過ごすことも多かったそうです。
会話のできるスペースに集まり、一日中勉強することもありました。
とはいえ、本人いわく「勉強半分、おしゃべり半分」。
ずっと張り詰めて勉強していたわけではなく、友人との時間も楽しんでいたようです。
海外生活や英語での授業など、少し特別に見える経歴が多い荒井さんですが、こういう話を聞くと普通の大学生らしさも感じますね。
荒井理咲子がアナウンサーを目指したきっかけ
荒井理咲子さんは、最初からテレビに出る仕事を目指していたわけではありません。
アナウンサーを意識するようになったきっかけは、「発音」でした。
これは学生時代から続いていた興味とかなり深くつながっています。
外国語の発音が好きだった
荒井さんは、自分がどうして外国語を好きなのか考えたとき、「言葉を音にすることが好きなんだ」と気づいたそうです。
英語やスペイン語では、日本語にはない口の動きがあります。
それをまねして、より近い音を出せたときに面白さを感じていました。
テレビ朝日入社時には、自分のことを「墨国仕込みの発音マニア」と表現しています。
「墨国」はメキシコのこと。
少しユニークな言い方ですが、荒井さんの学生時代を知るとかなり納得できます。
香港で英語に触れ、メキシコでスペイン語を学び、ずっと発音に興味を持ってきたわけですからね。
アナウンススクールで日本語の発音にも興味
大学時代には、テレビ朝日のアナウンススクール「テレビ朝日アスク」に通っていました。
そこで日本語の発音を細かく教わるようになります。
「なにぬねの」の発音までしっかり指導されたとき、荒井さんは「自分が好きなのはこういうことだ」と感じたそうです。
外国語だけではなく、日本語にも音の出し方や舌の使い方がある。
そこに気づいたことで、アナウンサーという仕事への興味がさらに強くなりました。
原稿読みの練習にもかなり力を入れていたそうです。
言葉を学ぶことから、言葉を伝える仕事へ。
荒井さんの学生時代をたどると、アナウンサーを選んだ流れがかなり自然に見えてきます。
実は人前に出るのは苦手だった
少し意外なのが、荒井理咲子さんは人前に出ることが得意ではなかったということです。
本人は、アナウンサーになった後も緊張することが課題だと話しています。
「人前で話すのが好きだからアナウンサーになった」というタイプではないんですね。
それでもこの仕事を選んだのは、発音や言葉をもっと深く学びたいという気持ちが強かったからでしょう。
テレビの華やかさより、言葉そのものへの興味が先にあった。
ここは荒井さんらしいところだと思います。
荒井理咲子の学生時代から見える性格
学歴を見ていると、つい学校名や大学名だけに注目しがちです。
でも荒井理咲子さんの場合は、学生時代のエピソードを追うと性格も少し見えてきます。
特に感じるのは、環境が変わっても簡単には投げ出さず、地道に慣れていくタイプだということです。
分からないことをそのままにしない
高校2年生でメキシコへ移り、英語とスペイン語の授業に入った荒井さん。
転校直後は、夜まで勉強して授業に追いつこうとしていました。
大学では家庭教師を4年間ほぼ毎日続けています。
アナウンサーになってからも、自分の出演した放送を振り返っています。
こうして並べると、「できないことがあったら、少しずつできるようにする」という姿勢がずっと変わっていません。
何でも最初からうまくできる人というより、時間をかけて身につけていく人なのかもしれませんね。
自分の強みは「葛藤力」
荒井理咲子さんは、自分の強みを「葛藤力」と表現したことがあります。
少し珍しい言葉ですよね。
本人によると、何かを選ぶときに「どっちがいいんだろう」とかなり悩むタイプなのだそうです。
でも、その悩む時間があるからこそ、最後には自分が納得できる答えを選べると考えています。
迷わないことを強みにするのではなく、「迷っても考え続けられること」を自分の良さとして捉えているんですね。
高校時代の海外転校や、大学から就職への進路を考える中でも、たくさん悩む場面があったのかもしれません。
仕事のあとには「一人反省会」
荒井さんは、仕事でうまくいかなかったとき、あとから一人で反省することがあるそうです。
ただ、放送中にずっと引きずるのではありません。
その場では次の進行に集中し、仕事が終わってから「次はどうしよう」と考えるようです。
新人時代、最初のロケを終えた帰り道にも大きな反省会をしたと振り返っています。
このあたりも、高校時代に授業へ追いつこうと夜まで勉強していた姿と少し重なります。
失敗をそのままにせず、あとからきちんと振り返る。
荒井さんは昔から、そうやって少しずつ前へ進んできたのかもしれません。
荒井理咲子の語学力も学歴の大きな特徴
荒井理咲子さんの学歴を見ていると、やはり語学は外せません。
ただ、「英語とスペイン語が話せる」という結果だけを見るより、どうやってそこまでたどり着いたのかを見るほうが面白いです。
英検1級とDELEスペイン語検定B1
テレビ朝日の公式プロフィールによると、荒井理咲子さんは英検1級とDELEスペイン語検定B1を取得しています。
- 小学生時代に香港で英語に触れる
- 高校2年生でメキシコへ移り、スペイン語を学ぶ
- 高校では英語とスペイン語を使って授業を受ける
- 大学ではPEARLで英語による経済学を学ぶ
- 大学時代には英語の発音を教える仕事も経験
こうして見ると、語学は一時的な勉強ではありません。
小学生のころから大学まで、ずっと生活の中にあったんですね。
その積み重ねが、現在のアナウンサーとしての強みにもなっています。
新人研修では急きょ通訳も担当
テレビ朝日に入社した後、語学力がさっそく役立ったこともありました。
新人研修中、同期の所村武蔵アナウンサーの取材に同行したときのことです。
取材相手が外国人だったため、荒井さんが急きょ通訳を頼まれました。
その場で対応し、スムーズに訳していたそうです。
学生時代に身につけた英語が、入社してすぐ仕事で使える力になっていたんですね。
荒井さん自身も、英語とスペイン語は長く生活の中で使ってきた言葉なので、自分の強みにしていきたいと話しています。
荒井理咲子の学歴は現在の仕事にどうつながっている?
荒井理咲子さんは、2023年4月にテレビ朝日へ入社しました。
新人時代から『グッド!モーニング』を担当し、3年間経験を積んだ後、2026年現在は『報道ステーション』のフィールドリポーターを務めています。
学生時代に身につけたことは、今の仕事にも少しずつつながっているようです。
新人時代は分からないことだらけ
テレビ朝日へ入社したばかりのころ、荒井さんはかなり戸惑っていました。
スタジオのどこに立てばいいのか。
どのカメラを見ればいいのか。
カンペをどう見ればいいのか。
本当に一から覚えていったそうです。
最初から堂々としていたわけではないんですね。
それでも、経験を重ねながら少しずつ慣れていきました。
この姿は、高校2年生でメキシコの学校へ入ったころと少し似ています。
最初は分からないことだらけ。
でも、一つずつ覚えていく。
荒井さんは環境が変わるたびに、同じように前へ進んできたのかもしれません。
2026年は『報道ステーション』のフィールドリポーター
2026年現在、荒井理咲子さんは『報道ステーション』でフィールドリポーターを担当しています。
『グッド!モーニング』を3年間担当した後、ニュースの現場へ出て取材する役割へと活動の幅を広げました。
現場では、さまざまな立場の人と向き合うことになります。
高校時代のボランティアで年代も環境も違う人と接したことや、海外生活の中で言葉の違いを乗り越えた経験は、直接ではなくてもどこかで役立っていそうですね。
相手に伝わる言葉を考えること。
相手の話をきちんと聞くこと。
荒井さんが学生時代から大切にしてきたことが、今の仕事にもつながっているように見えます。
目指すのは「職人のようなアナウンサー」
荒井理咲子さんは、目標として「職人のようなアナウンサーになりたい」と話しています。
派手に目立つというより、一つひとつの言葉をきちんと届けられる人になりたいのでしょう。
発音などの基礎をしっかり身につけ、単語だけでなく文脈まで正しく伝えたいと考えています。
荒井さんの学生時代を見ていると、「職人」という言葉はかなりしっくりきます。
発音の細かな違いを気にする。
分からない授業には夜まで向き合う。
家庭教師を4年間続ける。
仕事の後には一人で振り返る。
一気に結果を出すというより、小さな積み重ねを大事にするタイプなんでしょうね。
荒井理咲子の学歴に関するよくある疑問
荒井理咲子さんは日本だけでなく、香港やメキシコでも学生生活を送っています。
そのため、学歴について少し分かりにくいところもあります。
最後に、気になりやすいポイントをまとめて見てみましょう。
荒井理咲子の学歴から見えるのは言葉と向き合い続けた学生時代
荒井理咲子さんの学歴をまとめると、高校はメキシコ・ケレタロの「Escuela John F. Kennedy, the American School of Querétaro」。
大学は慶應義塾大学経済学部PEARLです。
小学校と中学校の具体的な校名は公表されていませんが、小学生時代には香港で生活し、英語に親しんでいました。
荒井さんの学生時代で印象的なのは、学校名そのものより、その中で何を経験してきたかです。
荒井理咲子さんの学生時代を振り返ると、次の経験が現在につながっています。
- 高校2年生でメキシコへ転校し、英語とスペイン語の授業に向き合った
- 授業へ追いつくため、自宅で夜まで勉強した
- 高校ではボランティアを通して、さまざまな人と関わった
- 大学では英語で経済学を学びながら、家庭教師や発音指導を経験した
- 子どものころからの発音への興味が、アナウンサーという仕事につながった
2026年現在は、『報道ステーション』のフィールドリポーターとしてニュースの現場に立っています。
香港、メキシコ、慶應義塾大学、テレビ朝日。
環境は何度も変わっていますが、そのたびに荒井さんは新しい言葉と向き合ってきました。
最初から何でもできたというより、分からないことがあれば少しずつ学び、できることを増やしてきた。
その積み重ねが、今の荒井理咲子さんらしい落ち着いた伝え方につながっているのかもしれません。
