NHKアナウンサーとして活動している山下佳織さん。
テレビで見かけて、「どこの高校や大学を出ているんだろう?」「学生時代から気象予報士だったの?」と気になった方もいるかもしれません。
山下さんの学歴をたどっていくと、確認できる出身高校は雙葉高校、大学は慶應義塾大学商学部です。
大学在学中には気象予報士試験にも合格し、その後は講師や気象キャスターとして仕事をしながら学生生活を送っていました。
学校名だけを見ると華やかな経歴に映りますが、詳しく見ていくと、山下さんらしい好奇心や努力が伝わるエピソードがたくさんあります。
ここでは、確認できる事実と、まだはっきり分かっていない情報を分けながら、山下佳織さんの学歴や学生時代をじっくり見ていきます。
山下佳織の学歴をまず整理
山下佳織さんの学歴で、はっきり確認できるのは雙葉高校と慶應義塾大学商学部です。
大学時代にはすでに気象予報士として活動していて、テレビにも出演していました。
まずは全体の流れを見ておくと、その後の学生時代のエピソードも分かりやすくなります。
- 高校は雙葉高等学校
- 大学は慶應義塾大学商学部
- 2019年ごろに大学へ進学
- 大学1年時の19歳で気象予報士試験に合格
- 大学在学中に気象キャスターとしてテレビ出演
- 2023年に慶應義塾大学を卒業
- 卒業後はNHKアナウンサーとして活動
2022年に掲載された慶應塾生新聞のインタビューでは、山下さんは「商学部4年」と紹介されています。
また、2023年3月には、4年間通った慶應義塾大学を卒業したことを本人がSNSで報告していました。
大学については、かなりしっかり確認できる情報ですね。
出身高校は雙葉高校
山下佳織さんの出身高校は、東京都千代田区にある雙葉高等学校です。
2021年に公開された本人へのインタビュー記事では、「山下さんがご出身の雙葉高校」と紹介されています。
本人に直接話を聞いた記事の中に出てくる情報なので、高校については信頼度の高い情報と見てよさそうです。
雙葉中学校・高等学校は、カトリックの精神を大切にしている中高一貫の女子校です。
現在は高校からの外部募集をしておらず、雙葉中学校を卒業した生徒は原則としてそのまま雙葉高校へ進学する形になっています。
雙葉高校の「偏差値」を見るときは少し注意が必要です。
一般的な高校受験を行う学校とは仕組みが異なるため、高校入試の偏差値だけで学歴を判断すると分かりにくくなってしまいます。
山下さんの場合も、学校名だけを見るより、どんな学校生活を送っていたのかを見ていくほうが人物像は伝わりやすいと思います。
中学校は雙葉中学校と紹介されることが多い
山下佳織さんの中学校については、複数のプロフィールサイトで雙葉中学校と紹介されています。
ただ、高校や大学とは少し事情が違います。
今回確認できた範囲では、本人や所属先が「雙葉中学校出身です」と明確に公表している一次情報までは見つかりませんでした。
中学校については「雙葉中学校とする情報が複数ある」という段階です。
高校や大学ほど明確な裏付けを確認できていないため、断定せずに見ておくのが自然でしょう。
現在の雙葉中学校には、雙葉小学校から進学する生徒と、中学受験をして入学する生徒がいます。
ただし、山下さんがどちらのルートだったのかは分かっていません。
「中学受験で雙葉へ入った」「雙葉小学校から内部進学した」といった話は、今のところ確かな情報としては確認できないようです。
大学は慶應義塾大学商学部
大学は慶應義塾大学商学部です。
こちらは本人へのインタビューで「商学部4年」と明記されているので、はっきり確認できます。
慶應義塾大学商学部では、経営、会計、商業、経済産業などを幅広く学びます。
気象予報士なら、大学も理系の学部だったのかな?
そう思う方もいるかもしれませんが、実際に山下さんが学んでいたのは商学です。
この少し意外な組み合わせが、学生時代の山下さんの面白いところでもあります。
雙葉高校時代はミュージカルにも取り組んでいた
山下佳織さんというと、気象予報士やアナウンサーのイメージが強いですよね。
そのため、高校時代もずっと勉強中心だったのかなと思ってしまいますが、実際には舞台活動にも熱心に取り組んでいました。
中学・高校の6年間は、ミュージカルに参加していたそうです。
中高6年間はミュージカルで男役を担当
山下さんは、中学から高校までの6年間、ミュージカルで男役を演じていました。
本人紹介では、この頃を「低音を響かせた青春時代」と表現しています。
今の落ち着いたアナウンサー姿からは、少し意外に感じる方もいるかもしれませんね。
- 中学・高校の6年間にミュージカルを経験
- 舞台では男役を担当
- 声を使って人前で表現する経験を積んだ
- その後はフラメンコにも親しむようになった
もちろん、ミュージカルをしていたからアナウンサーになれた、と単純につなげることはできません。
ただ、人前に立つことや、声を使って何かを伝える経験を10代の頃から重ねていたのは確かです。
現在の仕事を知ったうえで振り返ると、少しつながって見える部分もありますね。
高校時代から気象予報士を目指していたわけではない
山下さんは子どもの頃から空を見るのが好きでした。
きっかけは、小学生の理科の授業で見た「雲を作る実験」だったそうです。
ペットボトルなどを使い、何もないように見える場所に雲ができる。
その様子を見て、とても驚いたと本人が語っています。
それ以来、空や雲を眺めるのが好きになりました。
歩きながら空を見すぎて、転んでしまうこともあったそうです。
ただ、この時点で「将来は気象予報士になる」と考えていたわけではありません。
雨を降らせる雲と、雨を降らせない雲があるのはなぜなのか。
そんな身近な疑問を持ちながらも、それを仕事にするところまでは考えていなかったようです。
山下さんの場合、職業を先に決めて進んだというより、気になったことを追いかけているうちに、その先に仕事が見えてきたと考えると分かりやすそうです。
慶應義塾大学進学後に気象の勉強を本格化
山下佳織さんが本格的に気象を勉強し始めたのは、大学受験を終えた2019年3月でした。
大学へ入学してから何年もたって気象に興味を持ったのではなく、大学生活が始まる直前からすでに勉強を始めていたんですね。
きっかけになったのは、意外にも飛行機でした。
飛行機が遅れる理由が気になった
山下さんは飛行機を利用すると、到着予定時刻より遅れることが何度か続いたそうです。
最初はたまたまだと思っていたのかもしれません。
でも何度か経験するうちに、「どうしてだろう」と気になり始めました。
航空会社も機体も毎回同じではありません。
そこで山下さんが思い当たったのが、着陸する頃に小雨が降っていることが多かったという点でした。
雨や空の状態と、飛行機の着陸には何か関係があるのかな?
そんな疑問を持ったことが、気象を詳しく勉強するきっかけになったそうです。
日常の中で感じたちょっとした疑問を、そのままにしないところが山下さんらしいですね。
そして、最初からテレビで天気を伝える仕事をしたいと思っていたわけでもありません。
資格そのものが目的ではなく、「自分が知りたいことをもっと分かるようになりたい」という気持ちが先にあったようです。
大学受験後の集中力を気象の勉強へ
本格的に勉強を始めたのは2019年3月。
ちょうど大学受験を終えた直後でした。
受験勉強で身についていた集中力を、できるだけそのまま保ちたかったことも理由の一つだったそうです。
大学受験が終われば、しばらく勉強から離れたくなりそうですが、山下さんはその勢いを次の勉強へ向けました。
とはいえ、友人との大学生活を我慢していたわけではありません。
渋谷や原宿、池袋などへ遊びに行き、家に帰ってから勉強していたそうです。
しかも、資格の勉強をしていることは家族以外にはあまり話していませんでした。
理由は、友人に気を遣わせたくなかったから。
「勉強があるから誘わないほうがいいかな」と思われるのが嫌だったようです。
友人との時間も大切にしながら、自分の時間で勉強を進めていたことが分かります。
1年間で区切りをつけるつもりだった
山下さんは、ずっと資格勉強だけを続けるつもりでもありませんでした。
1年間挑戦して合格できなければ、いったん勉強をやめようと決めていたそうです。
この話からも、「絶対に気象予報士にならなければ」と肩書きを追いかけていたわけではないことが分かります。
知りたいことを学ぶために資格を目標にする。
でも、期限を決めて集中する。
そんな考え方だったようですね。
結果として、この1年間の挑戦がその後の人生を大きく変えていきました。
19歳で気象予報士試験に合格
山下佳織さんの学生時代で特に注目されるのが、19歳で気象予報士試験に合格したことです。
ウェザーマップの紹介でも、慶應義塾大学へ入学してから本格的に勉強を始め、大学1年時に資格を取得したとされています。
大学に入ったばかりの時期に、かなり難しい資格へ挑戦していたことになります。
約5か月で一般知識と専門知識に合格
山下さんは2019年3月に勉強を始め、同じ年の8月には一般知識と専門知識に合格しています。
勉強開始から約5か月です。
その後、実技試験へ進みました。
気象予報士試験の勉強を本格的に開始
大学受験を終えた直後から勉強を始めました。
一般知識と専門知識に合格
勉強開始から約5か月で2科目を突破しています。
実技試験を受験
本人は試験後、合格の手応えを感じていなかったそうです。
実技試験の合格が判明
大学1年時、19歳で気象予報士になりました。
短期間で順調に合格しているように見えますが、本人にとってはかなり緊張感のある挑戦だったようです。
実技試験では落ちたと思っていた
2020年1月に実技試験を受けたとき、山下さん自身は「落ちた」と思っていたそうです。
しかも、その翌日には大学の経済学の試験が控えていました。
気象の勉強をいったんやめることになるかもしれない。
そう考えると悔しくて、翌日の大学の試験勉強にもなかなか集中できなかったと振り返っています。
約1か月後、届いた結果は合格でした。
若くして資格を取ったと聞くと、何でも器用にこなしたように見えてしまいます。
でも、実際には「ダメだったかもしれない」と落ち込み、それでも結果を待っていた時期がありました。
こうしたエピソードを見ると、単に試験に強かったというより、気象そのものにかなり真剣に向き合っていたことが伝わってきますね。
慶應義塾大学商学部では気象と社会のつながりも学んだ
気象予報士という肩書きから、山下さんは大学でも理系分野を学んでいたように思えます。
ところが専攻は商学でした。
そして本人は、商学と気象が意外なところでつながる面白さを感じていたそうです。
気温とアイスクリームの売れ方にも注目
慶應塾生新聞のインタビューで山下さんは、大学の学びと気象がつながった例として、アイスクリームとかき氷の話をしています。
気温によって、アイスクリームとかき氷のどちらが選ばれやすいかが変わる。
そんな消費者行動を大学で学んだとき、気象の知識と商学がつながったと感じたそうです。
天気は、ただ「晴れるか雨が降るか」という話だけではありません。
気温によって服が売れたり、食べ物の売れ方が変わったり、人の行動が変わったりします。
気象と経済や消費者行動は、意外と身近なところでつながっているんですね。
山下さん自身も、そのつながりを面白く感じていたようです。
マーケティング研究部でビジネスコンテストにも参加
大学では、経済新人会マーケティング研究部にも所属していました。
そこでビジネスコンテストにも参加しています。
本人が印象に残っているテーマとして挙げたのが、小規模な銭湯の再生でした。
利用者を増やすにはどうすればいいのか。
グループで考える中で、山下さん自身も「銭湯をどう利用するのか、実はよく分からない」と感じたそうです。
そこで、初めて利用する人向けに、銭湯へ入ってからの流れを動画で説明する案を出しました。
知っている人の目線ではなく、「知らない人には何が分からないのか」を考える。
この考え方は、後の気象キャスターやアナウンサーの仕事にも通じるところがあります。
専門的な情報を知っているだけでは、伝わりません。
知らない人にも分かる言葉や見せ方に変える必要があります。
山下さんは大学時代から、自然とそうした視点を持っていたようです。
ゼミには参加していたものの詳しい研究内容は不明
山下さんが大学時代にゼミへ参加していたことは、本人の発信から確認できます。
ただ、ゼミの正式名称や具体的な研究テーマ、卒業論文の内容までは、信頼できる公開情報から確認できませんでした。
「気象をテーマに卒論を書いた」「特定の教授のゼミだった」といった情報は、現在確認できる材料だけでは断定できません。
分かっているのは、商学部で学びながら、気象と社会のつながりにも関心を持っていたというところまでです。
大学在学中に気象の仕事が始まった
気象予報士試験に合格したことで、山下佳織さんの大学生活は少しずつ変わっていきました。
家庭教師のアルバイトなどをきっかけに気象会社との縁が生まれ、やがて講師やテレビ番組の仕事にも関わるようになります。
学生でありながら、かなり早い時期から仕事の現場に入っていたことになりますね。
気象予報士講座の講師も担当
山下さんは、気象予報士を目指す人向けの講座で講師を担当していました。
2021年のインタビューでは、一般知識、専門知識、実技のすべてを教えていたと紹介されています。
受講者には学生だけでなく、自分より年上の社会人もいました。
資格を取ったばかりの大学生が、今度は人へ教える側になったわけです。
本人も、試験に合格するだけなら暗記で乗り越えられた部分があったものの、人に説明するにはそれでは足りないと感じたそうです。
「どうしてそうなるのか」まで自分で理解していないと、相手にはうまく伝えられません。
講師の仕事を通して、山下さん自身もさらに学び直していたようです。
TBSの気象キャスターとしてテレビ出演
2021年4月からは、TBSの「ウィークエンドウェザー」に出演。
同年10月からは「THE TIME,」「THE TIME’」にも気象予報士として出演しています。
ただ、いきなりテレビに出るようになったわけではありません。
その前には、気象予報士講座の講師をしたり、番組を支える仕事に関わったりしていました。
画面に映る仕事だけではなく、その裏側も経験していたんですね。
そうした積み重ねがあったからこそ、テレビで伝える立場にも自然とつながっていったのかもしれません。
午前4時から働いて9時から大学の授業へ
大学時代の中でも、特に驚かされるのが仕事と授業を両立していた頃の生活です。
山下さんは2022年のインタビューで、深夜に出社し、午前4時から仕事をしたあと、午前9時から始まる大学の1限へ出席することもあったと話しています。
午前4時からテレビの仕事 → 午前9時から大学の1限
本人も、さすがに「正直大変」だったと振り返っています。
それでも、仕事だけを頑張って大学は後回し、とはしたくなかったそうです。
仕事も学業もできるだけ手を抜きたくない。
そのために限られた時間を工夫しながら使っていました。
一方で、自分一人だけの力で続けられたとは考えていません。
家族や会社の人たちが支えてくれたから続けられたと話していて、周囲への感謝も忘れていなかったようです。
華やかな学生キャスターという印象の裏には、かなり忙しい日々があったことが分かります。
山下佳織の学生時代から見えてくる性格
山下佳織さんの学歴を見ていると、「頭がいい」「資格を取るのが得意」という印象を持つ方もいると思います。
もちろん勉強に強い人だったことはうかがえます。
ただ、エピソードを追ってみると、それだけではなさそうです。
気になったことをそのままにしない好奇心や、人に見えないところで続ける粘り強さが目立ちます。
資格勉強を友人にはほとんど話さなかった
気象予報士の勉強をしていることを、山下さんは家族以外にはほとんど話していませんでした。
友人には普段通り接して、一緒に遊び、家へ帰ってから勉強していたそうです。
理由は、周りに気を遣わせたくなかったから。
資格勉強をしていると伝えれば、「遊びに誘わないほうがいいかな」と思われるかもしれません。
それを避けたかったようです。
勉強を頑張っていることを周囲にアピールするというより、自分の中で静かに続けていたんですね。
穏やかに見えて芯はかなり強い
山下さんを取材した人物は、丁寧で落ち着いた印象がありながら、内側には強い信念や向上心がある人物として紹介しています。
実際の行動を見ても、その印象はよく分かります。
- 大学受験が終わってすぐ気象の勉強を始める
- 短期間で資格試験の科目に合格する
- 大学1年で資格を取得し、講師として人へ教える
- テレビへ出演しながら大学にも通い続ける
一つひとつを見ると、かなり粘り強いですよね。
一方で、本人は自分の努力だけを強調するのではなく、家族や職場の人に支えてもらったことも話しています。
負けず嫌いな一面がありながら、周りとの関係も大切にしていた人なのだと思います。
「知らない人にも分かるか」を大切にしていた
山下さんの大学時代を見ていると、何度も出てくる考え方があります。
それが、「知らない人にはどう見えるか」という視点です。
銭湯のビジネスコンテストでは、初めて利用する人には入り方自体が分からないことに気づきました。
気象予報士講座では、自分が知っているだけでは人には教えられないことを実感しています。
テレビの仕事でも、「中高生が見たら、この説明では分からないかもしれない」と考えることがあったそうです。
本人は、大学生であることの強みについて「何ものにも染まっていないこと」と話していました。
経験豊富な先輩たちから学びながら、若い自分だからこそ気づけることも大切にする。
この感覚は、アナウンサーとして幅広い世代へ情報を届ける今の仕事にもつながっていそうですね。
気象の学びは防災への関心にも広がった
山下佳織さんにとって、気象は最初から「仕事にしたいもの」だったわけではありません。
もともとは、自分が疑問に思ったことを知りたいという気持ちから始まっています。
でも、気象の仕事に関わるようになると、その意味は少しずつ変わっていきました。
台風や大雪など、人の生活や命に関わる情報を扱うようになったからです。
防災士の資格も取得
山下さんは気象予報士だけでなく、防災士の資格も取得しています。
気象の仕事をする中で、天気を予想するだけではなく、災害が起きたときに役立つ知識も必要だと感じたことがきっかけでした。
仕事先の人から勧められ、防災についても学ぶようになったそうです。
最初は飛行機の遅れが気になって始めた気象の勉強。
それが気象予報士の資格につながり、さらに防災へと関心が広がっていきました。
山下さんの場合、資格を増やすことが目的というより、そのとき必要だと思ったことを学び続けた結果として資格が増えていったように見えます。
慶應義塾大学卒業後はNHKアナウンサーへ
山下佳織さんは2023年3月、慶應義塾大学を卒業しました。
本人もSNSで、4年間通った大学を卒業したことを報告しています。
そして同年、NHKへアナウンサーとして入局しました。
大学時代にはすでに気象予報士としてテレビ出演を経験していましたが、卒業後は気象だけではなく、ニュースや地域の情報を伝えるアナウンサーとして歩み始めています。
最初からNHKアナウンサーを目指していたわけではない
今の経歴だけを見ると、「雙葉高校から慶應義塾大学へ進み、学生キャスターを経験してNHKアナウンサーになった」という、とても計画的な進路に見えるかもしれません。
でも、過去の本人インタビューを読むと、実際はもう少し自然な流れです。
- 小学生の頃に雲へ興味を持つ
- 飛行機の遅れが気になって気象を勉強する
- 気象予報士になる
- 講師として人へ説明する
- テレビで天気を伝える
- 大学卒業後、NHKアナウンサーになる
こうして一つひとつ経験を重ねた先に、アナウンサーという仕事がありました。
最初から完成した進路図があったというより、その時々で興味を持ったことに向き合い続けた結果、今につながったように見えます。
気象と防災を知るアナウンサーになった
山下さんがアナウンサーとして持っている特徴の一つが、気象予報士と防災士の知識です。
アナウンサーの仕事では、普段のニュースだけでなく、台風や大雨、大雪、地震といった緊急時の情報を伝えることがあります。
山下さんは大学生の頃から、気象について専門的に学び、人へ説明する仕事も経験してきました。
専門的な情報を理解する力と、それを分かりやすく伝える経験。
この両方を学生時代から積み重ねてきたことは、現在の仕事にもつながっているのではないでしょうか。
山下佳織の学歴で分かっていないこと
山下佳織さんは学生時代のエピソードが比較的多く公開されています。
一方で、ネット上でよく見かける情報の中には、はっきり確認できないものもあります。
ここは分けて見ておいたほうが分かりやすいですね。
- 山下佳織さんの出身小学校は?
-
小学生の頃、理科の雲を作る実験をきっかけに空へ興味を持ったことは本人が話しています。
ただ、具体的にどの小学校へ通っていたのかは、信頼できる公開情報からは確認できません。
雙葉学園には小学校もあるため、「雙葉小学校だったのでは」と考える人もいるかもしれませんが、それだけで山下さんも雙葉小学校出身だったと決めることはできません。
- 雙葉中学校へは中学受験で入った?
-
雙葉中学校には、小学校から内部進学する生徒と、中学受験をして入学する生徒がいます。
そのため、仮に山下さんが雙葉中学校出身だったとしても、どちらのルートだったのかは別の話です。
現時点では、その点を明確に示す情報は確認できていません。「難関中学受験を突破した」といった話も、確かな根拠が出てこない限り事実として扱わないほうがよさそうです。
- 慶應義塾大学には一般入試で入った?
-
山下さんが慶應義塾大学商学部へ進学したことは確認できます。
ただし、一般選抜だったのか、それ以外の方式だったのかまでは分かっていません。
大学受験を終えた2019年3月から気象予報士試験の勉強を始めたことは本人が話していますが、それだけでは受験方式までは判断できません。
学歴が注目される人ほど受験方法まで推測されることがありますが、山下さんについても、分かっている範囲と想像の部分は分けて見ておくのがよさそうです。
山下佳織の学歴は今の仕事にどうつながっている?
山下佳織さんの学歴を調べると、雙葉高校や慶應義塾大学という学校名がまず目に入ります。
ただ、詳しく見ていくほど印象に残るのは、学校名そのものより、そこで何をしていたかです。
中学・高校ではミュージカルを経験しました。
大学では商学を学びながら、自分の疑問から気象予報士試験へ挑戦。
資格を取ったあとは講師になり、テレビの仕事にも関わるようになりました。
それでも大学の授業には通い続けています。
一つひとつは違う経験ですが、よく見ると共通するものがあります。
「分からないことを知りたい」という好奇心と、「知ったことを人に分かるように伝えたい」という気持ちです。
雲の不思議から始まり、飛行機の遅れ、気象予報士試験、商学部で学んだ消費者行動、ビジネスコンテスト、講師、テレビ出演へ。
少しずつ経験がつながり、今のアナウンサーという仕事に続いているんですね。
山下佳織の学歴まとめ
山下佳織さんの学歴として、しっかり確認できるのは、雙葉高校を経て慶應義塾大学商学部へ進み、2023年に大学を卒業したという流れです。
中学校については雙葉中学校とする情報が複数ありますが、高校や大学ほど明確な一次情報では確認できていません。
そして学生時代で特に目を引くのが、大学1年時の19歳で気象予報士試験に合格していることです。
ただ、山下さん本人にとって、最初から資格を取ることが目的だったわけではありません。
飛行機がなぜ遅れるのか。
雲や雨はどうして生まれるのか。
そんな身近な疑問をもっと知りたいと思ったことから、気象の勉強が始まりました。
その後は講師として人に教え、テレビで気象情報を伝えながら、大学の授業にも通っています。
午前4時から仕事をしたあと、午前9時から大学の授業に出る日もあったそうです。
華やかな学生キャスターという印象の裏で、かなり地道に学業と仕事を両立していたことが分かります。
山下佳織さんの学歴が興味深いのは、単に「雙葉高校から慶應義塾大学へ進んだ」というところだけではありません。
小学生の頃に持った空への好奇心をそのままにせず、自分で学び、人に伝え、少しずつ仕事へつなげていったこと。
その学生時代の積み重ねまで見てみると、今のアナウンサーとしての姿にも、自然につながって見えてきます。
