テレビ東京のアナウンサーとして、スポーツ番組やサッカー中継などで活躍している中根舞美さん。
サッカーへの思いが強いことでも知られているので、「学生時代からサッカーをしていたのかな?」「どこの大学や高校に通っていたんだろう」と気になった人もいるのではないでしょうか。
中根舞美さんの最終学歴は、聖心女子大学現代教養学部国際交流学科です。
大学2年生の頃からアナウンサーという仕事を意識するようになり、第1回学生アナウンス大賞ではファイナリストに選ばれました。
その後はアナウンススクールでも学び、大学卒業後の2023年にテレビ東京へ入社しています。
一方、高校については少し注意が必要です。
ネット上では「愛知県立西尾高校ではないか」とする情報が見られますが、本人やテレビ東京から高校名が正式に明かされているわけではありません。
ただ、高校時代に男子サッカー部のマネージャーを務めていたことは本人が話しています。
さらにさかのぼると、中学ではソフトテニスに打ち込み、高校への推薦が決まるほどの実力だったそうです。
それでも高校ではテニスを続けず、サッカー部のマネージャーになる道を選びました。
- 最終学歴は聖心女子大学現代教養学部国際交流学科
- 高校時代は男子サッカー部のマネージャー
- 中学では高校推薦が決まるほどソフトテニスに打ち込んでいた
- 愛知県立西尾高校という説はあるものの、学校名は公式には確認されていない
こうして学生時代をたどってみると、中根舞美さんは最初からアナウンサーだけを目指していたわけではありません。
その時々で夢中になったものと向き合いながら、少しずつ今の仕事へつながっていったようです。
ここからは大学、高校、中学、小学校の順に、学生時代のエピソードも交えながら見ていきます。
中根舞美の学歴を一覧で見てみる
まずは、中根舞美さんの学歴と学生時代の流れをまとめて見てみましょう。
学校名まではっきり確認できるのは大学です。
高校、中学、小学校については具体的な学校名が公表されていないので、本人の発言などからわかっている範囲を整理しています。
小学校時代
学校名は非公表。バスケットボールなど、子どもの頃からスポーツに親しんでいました。
中学校時代
学校名は非公表。ソフトテニスに打ち込み、高校への推薦が決まるほどの実力だったとされています。この頃、サッカーにも興味を持ち始めました。
高校時代
愛知県内の高校へ進学。男子サッカー部のマネージャーとなり、選手たちを支える高校生活を送っています。
大学時代
聖心女子大学現代教養学部国際交流学科へ進学。大学2年生頃からアナウンサーを意識し、第1回学生アナウンス大賞ではファイナリストになりました。
2023年
大学卒業後、テレビ東京へ入社。アナウンサーとしてのキャリアをスタートしています。
こうして並べてみると、かなり早い時期からスポーツとの縁があったことがわかりますね。
小学生ではバスケットボール、中学ではソフトテニス。
高校になると、自分が競技する側からサッカー部の選手たちを支える側へ立場が変わりました。
そして大学では、好きだったスポーツを仕事に結びつける方法を考え、アナウンサーという道へ進んでいきます。
最終学歴は聖心女子大学現代教養学部国際交流学科
中根舞美さんの最終学歴は、聖心女子大学現代教養学部国際交流学科です。
学生アナウンス大賞の公式サイトでも、第1回大会の出場者として「聖心女子大学」と紹介されています。
また、本人が大学受験について話した番組でも、聖心女子大学現代教養学部国際交流学科へ進学したことが伝えられています。
そのため、大学についてははっきり確認できる情報と見てよさそうです。
高校や中学校の学校名は公表されていない
高校や中学校については、大学ほどはっきりした情報がありません。
本人はテレビ東京の公式記事で、「高校まで愛知県の田舎で育った」と振り返っています。
現在のテレビ東京公式プロフィールでも、出身地は愛知県とされています。
高校時代に男子サッカー部のマネージャーをしていたことも本人が明かしていますが、具体的な学校名までは公表されていません。
ネットでは西尾高校という名前がよく出てきますが、この点は後ほど詳しく見ていきます。
中根舞美の大学は聖心女子大学
中根舞美さんの学生時代を知るうえで、大きな転機になったのが大学時代です。
高校卒業後に愛知県を離れて上京し、聖心女子大学へ進学。
そこで新しい友人や環境と出会い、少しずつ将来について考えるようになっていきます。
最初からアナウンサー一本だったわけではなく、大学生活を送る中で進みたい方向が見えてきたようです。
聖心女子大学への進学を機に上京
中根舞美さんは高校卒業後、東京にある聖心女子大学へ進みました。
生年月日は2000年6月13日です。
浪人や留年について公表されている情報はないため、一般的な進学時期で考えると2019年春頃に大学へ入学したとみられます。
それまで暮らしていた愛知県から東京へ移り、生活もかなり変わったようです。
本人のインタビューによると、地元は最寄り駅まで歩いて1時間ほど。
周りには田んぼが広がり、夏になるとホタルも見られるような環境だったそうです。
そんな場所から東京へ出てきたので、最初は家族や田舎暮らしが恋しくなることもあったそう。
家族にかなり頻繁に電話していたというエピソードも明かしています。
大学進学で一気に都会での生活になったものの、地元や家族とのつながりはずっと大切にしていたのでしょうね。
大学受験について本人が振り返っている
中根舞美さんは、大学受験について少し意外な話もしています。
2025年にテレビ東京の番組で受験時代の話題になった際、自身について「ちゃんとやんなかった方」といった趣旨で振り返っていました。
さらに、もっと勉強して別の大学へ進んでいたら、今とは違う人生になっていたかもしれないという話にもなっています。
この発言は、中根舞美さんの学力を表すものではありません。本人自身が大学受験を振り返った時の言葉として見るのが自然です。
むしろ、聖心女子大学での出会いや経験が現在の仕事につながっていることが伝わるエピソードですね。
実際、大学でアナウンサーを目指す友人に出会ったことも、その後の進路を考えるきっかけになっています。
もし別の大学を選んでいたら、出会う人も経験することも違っていたかもしれません。
そう考えると、聖心女子大学への進学は中根さんの人生の中でも大きな分岐点だったのでしょう。
最初からアナウンサーを目指していたわけではない
今の姿を見ると、学生時代からアナウンサーになるために準備してきたようにも見えます。
ただ、実際は少し違います。
本人によると、本格的にアナウンサーを意識するようになったのは大学2年生頃でした。
もともと考えていたのは、「サッカーに関わる仕事がしたい」ということ。
サッカーだけでなくスポーツ全般が好きだったため、幅広い競技に関われる仕事を考える中で、アナウンサーという選択肢が見えてきたそうです。
- 中学生の頃にサッカーへ興味を持つ
- 高校ではサッカー部のマネージャーになる
- 大学でもスポーツに関わる仕事を考える
- 大学2年生頃からアナウンサーに興味を持つ
- 学生アナウンス大賞へ挑戦する
「アナウンサーになりたい」が最初にあったのではなく、「好きなスポーツに関わりたい」という思いが先にあったんですね。
だからこそ、現在スポーツ番組で生き生きと仕事をしている姿にも納得できます。
第1回学生アナウンス大賞でファイナリストに
大学時代の中根舞美さんを語るなら、学生アナウンス大賞は外せません。
中根さんは2021年に開催された第1回学生アナウンス大賞へ出場し、ファイナリストに選ばれています。
公式サイトにも、第1回出場者として中根さんの名前が掲載されています。
興味深いのは、応募した時点ですでに「絶対にアナウンサーになる」と決めていたわけではなかったことです。
当時はコロナ禍で大学生活も大きく変わり、就職活動への不安もあった時期でした。
就職活動をどう進めればいいのか考える中で学生アナウンス大賞を知り、挑戦してみたようです。
ところが、そこで本気でアナウンサーを目指している同世代と出会います。
周囲の熱意を間近で見たことで、「自分も本気で目指してみたい」と思うようになったのでしょう。
何か大きな夢を最初から持っていたというより、実際に行動した先で目標がはっきりした。
そんな進路の決まり方だったようです。
アナトレの選抜クラスでも学んでいた
アナウンサーを目指すと決めてからは、本格的な準備も始めています。
フジテレビのアナウンサースクール「アナトレ」の内定実績には、中根舞美さんの名前が掲載されています。
受講していたのは選抜クラスです。
アナウンサー採用では、ニュース原稿を読む力だけでなく、フリートークや面接、カメラの前での表現など、いろいろな力が必要になります。
大学2年生頃に進路を決め、そこから学生アナウンス大賞、アナウンススクール、就職活動へ。
こうして見ると、目標が決まってからの行動はかなり早かったようですね。
大学時代もサッカーとのつながりは続いていた
アナウンサーを目指すようになってからも、中根舞美さんの生活からサッカーが離れることはありませんでした。
大学時代には、スポーツデータを扱うデータスタジアムのYouTubeチャンネルに出演した経験があると報じられています。
さらに、地元・愛知県のJリーグクラブである名古屋グランパスの試合にも足を運んでいたそうです。
ゴール裏で観戦することも多かったとのこと。
ただサッカーが好きなだけではなく、大学時代からかなり身近な存在だったことがわかります。
この頃から少しずつ、「見る側」だけでなく「伝える側」へ近づいていたのかもしれません。
中根舞美の高校時代はサッカー部マネージャー
中根舞美さんの学生時代で、今の仕事につながる大きな経験のひとつが高校時代です。
中根さんは高校で男子サッカー部のマネージャーをしていました。
ただし、もともとサッカー一筋だったわけではありません。
中学まではソフトテニスにかなり本格的に打ち込んでいました。
ソフトテニスの推薦が決まるほどの実力だった
中根舞美さんは、中学時代にソフトテニス部で活動していました。
しかも、高校への推薦入学が決まるほどの実力だったと紹介されています。
つまり、高校でもそのままテニスを続ける道は十分にあったということですね。
それでも、中根さんはテニス部には入りませんでした。
選んだのは男子サッカー部のマネージャーです。
そのきっかけになったのが、中学生の頃に見たサッカーでした。
ワールドカップと高校サッカーが大きなきっかけ
中根舞美さんがサッカーに興味を持ったのは、2014年のFIFAワールドカップ・ブラジル大会でした。
それまで特別サッカーだけを追いかけていたわけではなかったものの、ワールドカップを見たことで競技に惹かれていったそうです。
さらに大きかったのが、中学3年生の冬に見た高校サッカーでした。
東福岡高校と市立船橋高校の試合で、PKを外してしまった選手を仲間が励ます姿などに心を動かされました。
そこで「高校ではサッカー部のマネージャーをやってみたい」と思うようになったといいます。
推薦が決まるほど続けてきたソフトテニスよりも、新しく心を動かされたサッカー部のマネージャーを選んだことは、中根舞美さんの学生時代でも大きな転機でした。
後に本人も、マネージャーになっていなければ今の自分はいなかったかもしれないという趣旨で振り返っています。
目を奪われたのが華やかなゴールだけではなく、選手同士の支え合いだったところも印象的ですね。
現在、中根さんがスポーツ番組で選手の気持ちや人柄にも目を向けていることを考えると、この頃からスポーツを見る視点はあまり変わっていないのかもしれません。
両親は最初、マネージャーになることに反対していた
テニスを続けずマネージャーになるという選択を、家族が最初から喜んでいたわけではありません。
本人によると、両親からは「舞美が頑張ってプレーしている姿が見たい」という理由で反対されたそうです。
中学まで選手として一生懸命スポーツを続け、高校推薦につながるほど頑張っていたわけですから、両親がそう思ったのも自然ですよね。
それでも中根さんは、自分がやりたいサッカー部のマネージャーを選びました。
その後はどんどんサッカー部に夢中になり、最終的には両親も試合を見に来てくれるようになったそうです。
自分の選択を言葉だけで説明するのではなく、一生懸命取り組む姿を見てもらった。そんな高校生活だったようです。
同学年のマネージャーは1人だけ
高校のサッカー部では、中根舞美さんの学年にマネージャーが1人しかいなかったと紹介されています。
つまり、同学年では中根さん1人で選手たちを支えていたことになります。
本人は当時について、大変だったものの楽しかったという趣旨で振り返っています。
- 毎日70個以上のおにぎりを作っていた
- 大会前には選手たちのお守りを作っていた
- 相手チームの分析も担当していた
- 選手たちの道具にも気を配っていた
- 同学年では1人でマネージャーを続けていた
おにぎりについては、本人がテレビ東京の公式記事で「毎日70個以上」と明かしています。
別の報道では約80個と紹介されることもありますが、少なくともかなりの数を日々用意していたことは伝わってきます。
サッカー部のマネージャーというと、飲み物を用意したり選手を応援したりする姿を想像するかもしれません。
中根さんの場合は、それだけではなくチームの中にかなり深く入り込んでいたようです。
相手チームの分析も担当していた
中根舞美さんは、高校時代に相手チームの分析も担当していました。
これは今の仕事を考えると、なかなか興味深いエピソードです。
現在はサッカー番組やスポーツ中継で、選手やチームについて調べたうえで視聴者に伝える立場になっています。
高校生の頃から、ただ試合を見るだけではなく、「このチームにはどんな特徴があるんだろう」と考える経験をしていたわけです。
もちろん、高校の部活動と現在の仕事はまったく同じではありません。
それでも、試合の裏側まで知ろうとする姿勢は今にもつながっていそうですね。
中根舞美の高校は西尾高校なの?
中根舞美さんの学歴を調べると、「愛知県立西尾高校」という学校名を見かけることがあります。
実際に、西尾高校出身として紹介しているプロフィールサイトは複数あります。
ただ、ここは少し慎重に見たほうがよさそうです。
西尾高校とする情報はある
ネット上には、中根舞美さんの出身高校を愛知県立西尾高校としている記事がいくつかあります。
中根さんが愛知県で高校時代まで過ごしたことや、西尾市とのつながりなどから、西尾高校ではないかと紹介されるようになったとみられます。
そのため、「西尾高校説」が広まっていること自体は確かです。
ただし、同じ情報がいろいろなサイトに載っているからといって、それだけで本人が公表した情報とは言えません。
中根舞美さんが愛知県立西尾高校を卒業したと、本人やテレビ東京が公式に発表した情報は確認できません。
「西尾高校出身」と断定するのではなく、現時点では「西尾高校という説がある」として見るのがよさそうです。
本人やテレビ東京から高校名は明かされていない
テレビ東京の公式プロフィールでは、中根舞美さんの出身地は「愛知県」とされています。
高校名は書かれていません。
本人もテレビ東京の記事で「高校まで愛知県の田舎で育った」と話していますが、学校名には触れていません。
- 高校時代まで愛知県で暮らしていた
- 高校では男子サッカー部のマネージャーだった
- 西尾高校とする二次情報は複数ある
- 本人やテレビ東京から高校名の発表はない
そのため、現時点では「愛知県立西尾高校という説はあるものの、公式には確認されていない」と考えておくのが自然でしょう。
中根舞美の中学時代はソフトテニスに夢中
中根舞美さんの出身中学校についても、具体的な学校名は公表されていません。
ただ、中学時代にどんな生活をしていたのかは比較的よくわかっています。
この頃は、まだサッカー部を支える側ではなく、自分自身が選手としてスポーツに打ち込んでいました。
ソフトテニスで高校推薦が決まるほどだった
中学時代、中根舞美さんはソフトテニス部に所属していました。
高校への推薦が決まるほどだったということなので、かなり本格的に取り組んでいたことがうかがえます。
本人の現在のプロフィールを見ても、ボウリングやバッティング、卓球など、体を動かすことを得意としているようです。
サッカーだけが特別というより、もともとスポーツ全般が好きだったのでしょう。
サッカーを見る視点は中学生の頃から少し違った
中根舞美さんがサッカーに強く惹かれたのは中学生の頃です。
ワールドカップを見たあと、高校サッカーにも夢中になりました。
中でも心に残ったのは、ミスをした選手を周りの仲間が支える姿だったといいます。
このエピソードを見ると、中根さんは昔から「結果だけを見る人」ではなかったように感じます。
誰が点を取ったか、どちらが勝ったかだけではなく、その場にいる人がどんな思いでプレーしているのか。
そこに自然と目が向いていたのでしょう。
現在のスポーツ番組でも、選手の心境や人柄まで伝えたいと話しています。
中学時代の経験が、今の取材姿勢へつながっているようにも見えますね。
中根舞美の小学校時代は外遊びが好きな活発な子
小学校についても学校名は明らかになっていません。
ただ、本人が子どもの頃について話す機会は多く、どんな環境で育ったのかはよく伝わってきます。
テレビで見る落ち着いた印象とは少し違って、かなり活発な子どもだったようです。
小学生ではバスケットボールにも取り組んでいた
中根舞美さんは、小学生の頃にバスケットボールをしていたと報じられています。
小学校でバスケットボール、中学でソフトテニス、高校ではサッカー部のマネージャー。
競技や立場は変わっていますが、学生時代を通してスポーツが身近にあったことがわかります。
現在スポーツ番組を担当しているのも、突然できたキャラクターではないんですね。
川や田んぼに囲まれた自然の中で育った
中根舞美さんは、地元についてかなりのどかな場所だったと話しています。
最寄り駅まで歩くと1時間ほど。
周囲には田んぼが広がり、夏にはホタルも見られたそうです。
小さい頃は用水路で魚を捕まえて育てたり、段ボールを使って土手を滑ったりして遊んでいたとのこと。
小中学生の頃には川へ入ったり、友達とスポーツをしたりすることも多かったようです。
テレビ東京の公式プロフィールには、現在も「田舎育ちの雑草魂で何事も頑張ります!」というメッセージが掲載されています。
自然の中で活発に育った子ども時代を知ると、この言葉にも納得できますね。
聖心女子大学からテレビ東京へ入社するまで
中根舞美さんは、大学へ入った時点では進路が完全に決まっていたわけではありません。
それでも、大学生活の中でいろいろな人と出会い、挑戦するうちに進みたい方向が見えてきました。
学生アナウンス大賞への出場も、その流れの中にあります。
学生アナウンス大賞が大きな転機に
大学2年生の頃に出場した第1回学生アナウンス大賞では、ファイナリストまで進んでいます。
そこで出会ったのは、本気でアナウンサーを目指している学生たちでした。
周りの熱量に刺激を受ける中で、中根さん自身も「自分も挑戦してみたい」と思うようになったようです。
最初から確かな自信があったというより、やってみたことで気持ちが固まった。
そんな流れだったのでしょう。
進路に迷っていた時期の一歩が、結果として現在につながりました。
同じ夢を持つ人たちと学んだ大学時代
その後、中根舞美さんはアナウンサースクールで本格的に学びました。
アナトレの内定実績には、中根さんと同じ2023年にテレビ東京へ入社したアナウンサーの名前も掲載されています。
大学でも、周囲にアナウンサー志望の友人がいたそうです。
一人で黙々と目指したというより、同じ仕事を目指す人たちに刺激を受けながら進んでいったことがわかります。
中根さんの場合、人との出会いが進路を決めるうえでかなり大きかったのかもしれません。
2023年にテレビ東京へ入社
中根舞美さんは2023年、大学卒業後にテレビ東京へ入社しました。
同年5月にアナウンス部へ配属され、6月には「テレ東音楽祭2023夏」で地上波デビューしています。
大学2年生頃からアナウンサーを目指し始めたことを考えると、そこから数年で夢を実現したことになります。
ただ、中根さんの場合は「アナウンサーになれた」で終わりませんでした。
高校時代から大好きだったサッカーが、入社後すぐに仕事へつながっていきます。
学生時代の経験が今のスポーツ番組につながっている
中根舞美さんの学歴を順番に見ていくと、今サッカー番組を担当していることがとても自然に感じられます。
小学生の頃からスポーツが好きで、中学ではサッカーに出会い、高校では選手を支える側に。
大学ではJリーグ観戦を続けながら、アナウンサーという道を見つけました。
そしてテレビ東京へ入社した後は、今度はスポーツを視聴者へ伝える側になっています。
入社半年ほどでサタデーナイトJを担当
2023年10月、中根舞美さんはJリーグ応援番組「サタデーナイトJ」のメイン進行を担当することになりました。
入社からまだ半年ほどの時期です。
高校時代からサッカーが大好きだった中根さんにとって、かなり大きな出来事だったはずです。
本人も、Jリーグの番組を担当できることがなかなか信じられなかったという趣旨で振り返っています。
番組では、試合結果だけではなく、選手の気持ちや人柄も伝えたいと話しています。
高校サッカーを見て「仲間を支える姿」に心を動かされた中学生が、今度はその魅力をテレビで伝える側になったわけですね。
好きなものは深く知りたくなるタイプ
中根舞美さんについて、報道では「好きなものはとことん突き詰める性格」と紹介されています。
これまでの学生時代を振り返ると、たしかに納得しやすい言葉です。
ソフトテニスでは推薦につながるほど打ち込みました。
サッカーを好きになってからは、マネージャーとして高校3年間チームを支えています。
アナウンサーを目指すと決めた後は、コンテストやスクールにも挑戦しました。
一度興味を持つと、表面だけで終わらず、もう一歩深く知りたくなるタイプなのかもしれません。
社会人になってからもサッカーを学び続けている
高校時代にサッカー部のマネージャーだったことは、中根舞美さんにとって大きな経験です。
ただ、その経験だけでスポーツ番組を担当しているわけではありません。
入社後も、サッカーのルールや指導について学び続けています。
2024年には審判についてもっと理解したいという思いを語っていました。
その後は、日本サッカー協会公認のD級コーチライセンスを取得したことも報じられています。
高校時代の「サッカーが好き」という気持ちを、社会人になってから知識へ変えているんですね。
番組を担当するようになったから学ぶというより、好きだからもっと知りたい。そんな順番に見えるところも、中根さんらしい部分です。
中根舞美の学歴から見えてくる人柄
学歴というと、つい「どの学校を卒業したのか」だけに目が向きます。
でも、中根舞美さんの場合は、学校名よりも学生生活の中でどんな選択をしてきたのかを見ると、人柄がわかりやすくなります。
特に印象的なのは、何度か進む方向を変えていることです。
中学まではソフトテニス。
高校ではサッカー部マネージャー。
大学に入った時点ではアナウンサー一本ではなく、大学2年生頃から本格的に目指すようになりました。
いずれも、最初から決まっていた道をそのまま進んだわけではありません。
「今、自分が一番やってみたいこと」を選びながら前へ進んできたように見えます。
前に出るだけでなく支えることも好き
高校では、自分が選手として活躍する道ではなく、マネージャーを選びました。
毎日たくさんのおにぎりを作り、相手チームを分析し、試合に向かう選手たちを支えていた中根さん。
後に、自分がサッカー選手ならサイドバックをやりたいと話したこともあります。
理由としては、チームが大変な時に力になりたいという思いがあるようです。
目立つ役割だけに惹かれるのではなく、チームのために必要なことをするのが好きなのかもしれません。
アナウンサーも、主役になる仕事ばかりではありません。
選手や出演者の言葉を引き出し、視聴者へ届けることも大きな役割です。
高校時代の経験は、今の仕事にも自然とつながっていそうですね。
中根舞美の学歴についてよくある疑問
ここまでの内容から、特に気になりやすいポイントを簡単に整理しておきます。
- 中根舞美さんの大学はどこ?
-
聖心女子大学現代教養学部国際交流学科です。学生アナウンス大賞の公式情報などからも、聖心女子大学に在籍していたことが確認できます。
- 中根舞美さんの高校は西尾高校?
-
愛知県立西尾高校とする情報は複数ありますが、本人やテレビ東京から高校名が正式に公表されているわけではありません。現時点では「西尾高校説がある」と見るのが自然です。
- 中学時代は何部だった?
-
ソフトテニス部です。高校への推薦が決まるほど打ち込んでいたと報じられています。
- 高校では何部だった?
-
男子サッカー部のマネージャーをしていました。同学年では1人でマネージャーを務め、毎日70個以上のおにぎりを作るなど選手を支えていたそうです。
- 大学入学時からアナウンサー志望だった?
-
最初からアナウンサー一本だったわけではありません。本人によると、大学2年生頃から本格的にアナウンサーを意識するようになりました。
中根舞美の学歴を振り返ると今の仕事まで一本につながる
中根舞美さんの最終学歴は、聖心女子大学現代教養学部国際交流学科です。
大学2年生頃にアナウンサーを意識するようになり、第1回学生アナウンス大賞ではファイナリストに。
その後はアナウンススクールでも学び、2023年にテレビ東京へ入社しました。
高校時代は男子サッカー部のマネージャーとして、毎日70個以上のおにぎりを作ったり、相手チームを分析したりしながら選手を支えていました。
さらに中学時代には、ソフトテニスで高校推薦が決まるほど打ち込んでいます。
それでもサッカーに惹かれ、高校ではマネージャーになる道を選びました。
高校については愛知県立西尾高校という説がありますが、本人やテレビ東京から学校名は正式に公表されていません。
そのため、現時点では西尾高校と断定せず、「西尾高校説がある」と見ておくのがよさそうです。
中根舞美さんの学生時代をひと言でまとめると、好きになったものを深く追いかけながら、その経験を次の進路へつなげてきた歩みと言えそうです。
テニス、サッカー部のマネージャー、学生アナウンス大賞。一見すると別々の経験ですが、今はそのすべてが「スポーツを伝える仕事」につながっています。
中根舞美さんの学歴を見ていて面白いのは、最初から今の仕事だけを目指していたわけではないところです。
テニスに夢中になった時期があり、サッカー部を支えた時期があり、大学に入ってからアナウンサーという道に出会いました。
その一つひとつが、今はスポーツを伝える仕事の中で生きています。
学校名だけを見るより、どんなことに夢中になり、どんな選択をしてきたのかまでたどってみると、中根舞美さんがどんな人なのかも少し見えてきますね。
