2026年にNHKへ入局し、静岡放送局でアナウンサーとして歩み始めた髙萩眞子(たかはぎ・まこ)アナ。
テレビで姿を見て、「どこの大学を出ているんだろう?」「学生時代は何をしていた人なの?」と気になった方もいるかもしれません。
髙萩アナの学生時代をたどってみると、かなり印象的な経歴が見えてきます。
高校では全国大会に出場するほどテニスに打ち込み、筑波大学では体育やスポーツ科学を学びました。その後は運動生理学の研究にも取り組み、大学院生として学会発表を重ねています。
しかも、研究内容はスポーツドリンクや暑い環境での運動、水分摂取など、長くスポーツを続けてきた髙萩アナらしさを感じるテーマです。
- 髙萩眞子アナの出身高校と大学
- 筑波大学で何を学び、研究していたのか
- インターハイにも出場したテニス歴
- 大学院時代の研究と受賞歴
- 確認できている学歴と、まだ公表されていない情報
茗溪学園時代から筑波大学、大学院での研究、そしてNHK入局まで、順番に見ていきますね。
NHK髙萩眞子の学歴をわかりやすく整理
まずは、髙萩眞子アナがどんな学生生活を送ってきたのか、大きな流れを見てみましょう。
NHKのプロフィールだけでは学校名まですべて紹介されているわけではありませんが、高校テニスの大会記録や筑波大学の研究室、学会資料などには学生時代の記録が残っています。
茗溪学園
高校時代は硬式テニスに打ち込み、高校3年生でインターハイ女子シングルスに出場しました。
筑波大学体育専門学群
大学でもテニスを続けながら体育・スポーツ科学を学び、3年生から運動生理学研究室に所属しました。
筑波大学で大学院生として研究
学部時代から続けてきた暑熱環境や飲水に関する研究をさらに深め、学会でも表彰されています。
2026年にNHKへ入局
アナウンサーとして採用され、初任地となる静岡放送局へ配属されました。
こうして並べてみると、髙萩アナの学生時代には「テニス」と「スポーツ科学」という2本の軸があったことがわかります。
競技を続けながら、その競技を支える身体の仕組みにも興味を持ち、研究へ進んでいった。そんな流れですね。
「高萩眞子」と「髙萩眞子」は同じ人物?
髙萩アナについて調べていると、「髙萩眞子」と「高萩眞子」の2つの表記が出てきます。
少し紛らわしいのですが、NHKで使われている表記は、いわゆる「はしごだか」の髙萩眞子です。
一方、高校の大会資料や大学、学会関係の記録では、一般的な「高」を使って「高萩眞子」と記載されているものがあります。
大会資料やデータベースでは異体字が使われないこともあります。出身地や年代、テニス歴、大学での所属などが連続しているため、学生時代の記録とNHKの髙萩アナは同一人物として確認できます。
髙萩眞子の出身高校は茗溪学園
髙萩眞子アナの出身高校として確認できるのは、茨城県つくば市にある茗溪学園です。
高校テニスの大会資料には、高校1年生のころから「高萩眞子・茗溪学園」という記録が残っています。
ただ在籍していただけではなく、学校を代表するテニス選手として大会に出続けていました。高校時代の髙萩アナを知るには、テニスの記録を見るのがいちばんわかりやすいかもしれません。
高校1年生から県大会で活躍
2017年度の関東高校テニス大会県西地区予選には、茗溪学園の選手として「高萩眞子①」と記録されています。
「①」は高校1年生を意味します。つまり、入学して間もない時期から学校の代表選手として大会に出ていたことになります。
同年度の茨城県高校総体予選でも、女子シングルスで県内上位に入る成績を残しています。
高校1年生の時点ですでに、茨城県内でも力のある選手だったことがわかりますね。
テニスは日々の練習だけでなく、大会への移動やコンディション管理にも時間を使います。
その一方で学校生活もあるわけですから、高校時代から勉強と競技を並行する毎日を送っていたのでしょう。
高校2年生でもテニスを継続
高校2年生になってからも、髙萩アナは県大会やジュニア大会への出場を続けています。
このころにはシード選手として扱われる大会もあり、茗溪学園の中心選手の一人だったことがうかがえます。
高校生になると勉強も忙しくなり、進路について考える時期にも入ります。
それでも競技を続け、翌年には全国大会まで進んでいるので、かなり本格的にテニスへ向き合っていたのでしょう。
高校3年生でインターハイへ
高校時代の大きな実績として挙げられるのが、2019年の全国高校総体、いわゆるインターハイへの出場です。
髙萩アナは女子シングルスで茨城県代表となり、全国の舞台に立ちました。
全国大会まで進むには県予選を勝ち抜かなければなりません。単に「部活でテニスをしていた」というより、全国レベルで競技に取り組んでいた選手だったことがわかります。
- 高校1年生から県大会へ出場
- 高校2年生でも県内上位クラスで競技を継続
- 高校3年生でインターハイ女子シングルスに出場
- 卒業後も筑波大学でテニスを続ける
高校卒業と同時に競技を終えるのではなく、そのまま大学でも続けています。
テニスは、髙萩アナにとってかなり大きな存在だったのでしょう。
中学校も茗溪学園だった?
茗溪学園は中高一貫校なので、「中学校から茗溪学園だったのかな?」と気になる方もいると思います。
ただ、ここは少し注意したいところです。
- 高校が茗溪学園だったことは大会記録から確認できます。
- 中学生年代の大会では、学校名ではなく「CSJ」というテニスクラブ所属で記録されています。
- そのため、中学校も茗溪学園だったとは現時点では断定できません。
中高一貫校だからそのまま進学したのでは、と考えたくなるところですが、公開されている情報だけで決めつけないほうが自然ですね。
髙萩眞子は筑波大学体育専門学群へ進学
高校卒業後、髙萩眞子アナは筑波大学体育専門学群へ進学しました。
2023年の学会発表資料にも、高萩眞子さんの所属として「筑波大学体育専門学群」と記載されています。
テニスを長く続けてきた髙萩アナにとって、スポーツを専門的に学べる筑波大学は、自分の経験をさらに深められる環境だったのでしょう。
ただ、大学では競技だけに集中していたわけではありません。
テニスを続けながら、やがて「身体が運動によってどう変化するのか」という研究の世界にも入っていきます。
大学でも硬式テニスを継続
筑波大学へ進学した後も、髙萩アナはテニスを続けています。
関東学生テニストーナメントや関東学生新進テニス選手権大会などに、筑波大学所属の選手として出場していました。
高校で全国大会まで進んだあと、大学進学を機に競技から離れる選手も珍しくありません。
それでも髙萩アナは、専門的な勉強と並行しながらテニスを続けました。
ジュニア時代から高校、大学まで記録がつながっているので、かなり長い競技歴ですよね。
大学3年生で運動生理学研究室へ
大学3年生になる2022年、髙萩アナは筑波大学の運動生理学研究室に入りました。
研究室の紹介では、専門種目として「硬式テニス」と記載されています。
さらに興味深いのが、研究室を選んだ理由です。
髙萩さんは、もともとスポーツドリンクについて研究したいという関心を持っていました。
自分の興味に近い研究をしている先生がいたことや、実験設備が整っていたことも研究室を選ぶ理由になったようです。
長くスポーツをしていると、暑い日の水分補給や試合中の飲み物はかなり身近なテーマですよね。
髙萩アナが競技経験から直接この研究テーマを選んだと明言しているわけではありません。
ただ、長年スポーツを続けてきた人が「飲み物と身体の関係」に興味を持ったという流れには、どこか納得できるものがあります。
競技する側から身体を研究する側へ
体育専門学群と聞くと、実技やスポーツ指導を中心に学ぶイメージを持つ方もいるかもしれません。
ですが、髙萩アナが取り組んだ運動生理学は、運動したときに身体の中で何が起きているのかを、実験やデータを使って調べる分野です。
それまでテニス選手として自分の身体を使ってきた髙萩アナが、今度はその身体の反応を科学的に見る側へ進んだわけですね。
大学時代の学びを見ると、単に「体育が得意だったから体育系へ進んだ」というだけではなかったことがわかります。
筑波大学では大学院まで進み研究を続けた
髙萩眞子アナの学びは、大学4年間で終わっていません。
筑波大学の研究機関が2024年に公開した情報では、高萩さんは「院生」として紹介されています。
つまり、体育専門学群を卒業したあとも筑波大学で大学院生として研究を続けていたことがわかります。
しかも、学部時代に始めたテーマをそのまま深めていて、研究発表で賞も受けています。
学部4年生では炭酸水と暑熱環境を研究
2023年、高萩眞子さんは日本生気象学会大会で研究発表を行っています。
テーマは、暑い環境で運動しているときに炭酸水を飲むことで、立ち上がった際の身体の負担がどう変わるのかを調べる内容でした。
少し専門的ですが、イメージとしては「暑いところで運動したあとに立ちくらみが起きるような身体の反応と、飲み物の関係を調べる研究」です。
夏のスポーツ経験がある方なら、暑さの中で身体が重くなったり、運動後にふらついたりする感覚を想像しやすいかもしれません。
髙萩アナは、そうした身近な身体の変化を実験で確かめていたことになります。
大学院でも同じテーマを深掘り
学部を卒業したあとも、髙萩アナは研究を続けました。
2024年にも、暑熱環境での運動と炭酸水摂取、立ち上がったときの循環反応について研究発表をしています。
学部時代に取り組んだテーマを、そのまま大学院で発展させているんですね。
一つのテーマを数年間にわたって追いかけるのは簡単なことではありません。
実験条件を考え、データを集め、結果を分析し、そこからまた次の疑問を探していく。
研究内容を見ると、髙萩アナが地道に一つずつ積み重ねてきたことが伝わってきます。
2024年には研究発表で優秀賞
2024年9月に開催された第38回「運動と体温の研究会」では、高萩眞子さんらの研究発表が優秀賞を受賞しています。
研究では、暑い環境で運動中に炭酸水を飲んだ場合、立ち上がったときの循環反応にどんな変化があるのかを調べていました。
研究結果からは、立ちくらみを防ぐうえで役立つ可能性が示されたとされています。
もちろん、「炭酸水を飲めば必ず立ちくらみを防げる」という話ではありません。あくまで研究の中で、そうした可能性が見えてきたという段階です。
2025年には学生奨励賞も受賞
さらに2025年には、「暑熱下運動後の炭酸水摂取が飲水行動に与える影響」というテーマで研究発表をしています。
そして、この発表は日本体力医学会大会で学生奨励賞を受賞しています。
- 2022年:運動生理学研究室へ入り、スポーツドリンクへの関心を表明
- 2023年:暑熱下運動と炭酸水摂取について学会発表
- 2024年:大学院で研究を発展させ、「運動と体温の研究会」で優秀賞
- 2025年:運動後の飲水行動を研究し、日本体力医学会大会で学生奨励賞
「大学で研究をしていました」という一言だけでは伝わりにくいですが、実際にはかなりしっかり研究へ取り組んでいたことがわかります。
NHKへ入局する直前まで研究を続けていた点も印象的ですね。
大学院の正式な専攻名や修了については?
髙萩眞子アナが筑波大学の大学院生だったことは、大学側の資料から確認できます。
一方で、大学院の正式な学位プログラム名や取得した学位については、NHKのプロフィールでは詳しく公表されていません。
- 筑波大学で大学院生として研究していたことは確認できます。
- 2025年まで筑波大学所属で研究していた記録があります。
- 正式な修了年月や取得学位は、確認できる公開資料だけでは断定できません。
そのため、「筑波大学大学院を修了した」と言い切るより、「筑波大学で大学院生として研究を続けていた」とするのが自然です。
髙萩眞子のテニス歴は子どものころから続いている
髙萩眞子アナを知るうえで、テニスはかなり大きな存在です。
NHK静岡で紹介されたプロフィールでは、硬式テニスを6歳から始めたとされています。
大会記録を見ても、小学生から中学生年代、高校、大学まで長く競技を続けてきたことがわかります。
単なる趣味というより、学生時代を通してずっと身近にあったスポーツですね。
ジュニア時代から大会に出場
髙萩アナの名前は、ジュニア時代の大会記録にも残っています。
12歳以下の大会をはじめ、14歳以下、16歳以下、18歳以下と年代が上がっても競技記録が確認できます。
所属は主に「CSJ」と記載されています。
そこから茗溪学園、筑波大学へ進み、大学生になっても競技を続けました。
高校では全国大会、大学でも競技を継続
ジュニア時代から続けてきたテニスは、高校で大きな結果につながります。
高校3年生でインターハイに出場し、その後は筑波大学でも学生大会へ出場しています。
競技レベルが上がるにつれ、練習量も増えますし、学業との両立も難しくなります。
それでも続けているところを見ると、髙萩アナにとってテニスは「得意なスポーツ」というだけではなく、自分の生活の一部に近かったのかもしれません。
「千里の道も一歩ずつ」という座右の銘
髙萩アナのプロフィールでは、座右の銘として「千里の道も一歩“ずつ”」が紹介されています。
大きな目標も、一歩ずつ積み重ねていくことを大切にしているそうです。
この言葉は、学生時代の歩みを見るとしっくりきます。
テニスを子どものころから続け、高校で全国大会へ。大学では競技を続けながら研究を始め、その研究も大学院まで発展させています。
少しずつ続けてきたことが、最終的に大きな経験につながっているように見えますね。
学歴から見える髙萩眞子の人柄
学歴の記事では、つい学校名だけに目が向きがちです。
でも髙萩眞子アナの場合、学生時代に何をしてきたのかを見ると、人物像も少しずつ見えてきます。
もちろん性格を外から決めつけることはできません。それでも、本人の言葉や実際の活動から感じ取れる部分はあります。
コツコツ続けるタイプに見える
まず感じるのは、長く続ける力です。
テニスは子どものころから大学まで。研究も大学3年生で始め、そのまま大学院まで続けています。
さらに2024年、2025年と続けて研究が評価されています。
一度興味を持ったことを短期間で終わらせず、時間をかけて深めていくタイプなのかもしれません。
気になったことを調べたくなる探究心
研究室に入る前から、「スポーツドリンクを研究したい」と考えていた点も印象的です。
身近な飲み物に興味を持ち、そこから実験につなげ、暑熱環境や循環反応、飲水行動へテーマを広げています。
「なんとなく気になる」で終わらせず、実際にデータを取って確かめてみる。
そうした姿勢は、ニュースを扱う仕事とも相性がよさそうですね。
アナウンサーは原稿を読むだけではなく、取材し、情報を整理し、何が事実なのかを確認する仕事でもあります。
研究で身につけた考え方が、これからの取材にも生きてくるかもしれません。
体を動かすことが本当に好き
髙萩アナはテニスだけでなく、散歩も好きだと紹介されています。
気づけば1日に20キロ近く歩くことがあり、過去には思い立って42.195キロを一人で歩いた経験もあるそうです。
かなりの距離ですよね。
長年テニスをしてきたことを考えると、体を動かすことそのものが好きなのでしょう。
筑波大学で体育・スポーツ科学を学び、運動生理学を研究したことも含めて、「運動」は髙萩アナの学生時代から続く大きなテーマになっています。
2026年にNHKへ入局し静岡放送局へ
大学院で研究を続けたあと、髙萩眞子さんは2026年にNHKへ入局しました。
新人アナウンサーとして紹介された際には、茨城県つくば市出身で、初任地は静岡放送局と発表されています。
趣味・特技には温泉、サウナ、テニスが挙げられています。
学生時代を知らずに見ると「テニスが好きなアナウンサー」という印象ですが、実際には全国大会まで進み、大学でも競技を続けてきた長い経験があります。
プロフィールの一言だけではわからない背景がありますね。
静岡でニュースや中継を担当
静岡放送局へ配属された後は、地域ニュースや中継に少しずつ登場するようになっています。
初めて生中継を担当した際には、出発前にスタジオで何度も練習していたというエピソードも紹介されています。
本番ではスマートフォンを使った撮影にも挑戦しながら、中継を担当したそうです。
こうした話を聞くと、テニスの試合や研究発表と少し似ているところもあります。
本番の時間は短くても、その前には何度も練習や準備をする。
学生時代から続く「一歩ずつ積み上げる」姿勢が、アナウンサーの仕事にもつながっているように感じます。
スポーツ経験が今後の取材に生きそう
髙萩アナは、スポーツに取り組む人たちの思いを伝えたいという趣旨の話もしています。
これは長く競技を続けてきた人ならではのテーマかもしれません。
選手が試合に出るまでにどれほど練習しているのか。負けたときにどんな気持ちになるのか。
結果だけでは見えない部分を、自分自身も経験してきたからこそ想像できるところがありそうです。
さらに大学では、暑い環境での運動や水分摂取について研究していました。
スポーツだけでなく、暑さや健康に関するニュースを扱う場面でも、学生時代の知識が取材の視点につながるかもしれませんね。
髙萩眞子の学歴で確認できることと未公表のこと
髙萩眞子アナは、高校時代の大会記録や大学での研究発表が比較的多く残っています。
そのため、学生時代についてはかなり詳しくたどることができます。
一方で、公開されていない情報もあります。確認できることと、まだわかっていないことを分けて整理しておきます。
- 出身地
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茨城県つくば市
- 出身高校
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茗溪学園
- 出身大学
-
筑波大学体育専門学群
- 研究分野
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運動生理学
- 大学院
-
筑波大学で大学院生として研究していたことを確認
- 中学校
-
学校名は現時点で確認できず
- 大学院の正式な課程名・取得学位
-
確認できる公開資料では未確認
- テニス
-
幼少期から大学まで継続。高校時代にはインターハイへ出場
- NHK入局
-
2026年
- 初任地
-
NHK静岡放送局
少なくとも、茗溪学園から筑波大学体育専門学群へ進み、その後も筑波大学で大学院生として研究を続けていたことは確認できます。
反対に、中学校や大学院の正式な課程名などは、現時点では公開情報だけで断定しないほうがよさそうです。
髙萩眞子の学歴についてよくある疑問
最後に、髙萩眞子アナの学歴について気になりやすいポイントを、短く整理しておきます。
NHK髙萩眞子の学歴はテニスと研究がつながった歩み
髙萩眞子アナの学歴を振り返ると、茗溪学園から筑波大学体育専門学群へ進み、その後も大学院で研究を続けていたことがわかります。
その歩みの中心にあるのが、子どものころから続けてきたテニスです。
高校ではインターハイに出場。大学でも競技を続けながら、3年生から運動生理学研究室に入りました。
研究室に入ったころからスポーツドリンクに興味を持ち、そこから暑熱環境での運動や炭酸水摂取、身体の反応について研究を深めています。
大学院では研究発表が評価され、2024年に優秀賞、2025年に学生奨励賞を受賞しました。
そして2026年、今度はNHKのアナウンサーとして新しい道へ進んでいます。
テニス、研究、アナウンサー。
一見すると違う世界ですが、髙萩アナの場合は、その間に「コツコツ続ける」「疑問を自分で確かめる」「人前で伝える」という共通点が見えてきます。
座右の銘として紹介されている「千里の道も一歩“ずつ”」という言葉も、これまでの歩みを見るとよく似合いますね。
静岡でアナウンサーとして経験を重ねるなかで、テニスやスポーツ科学の経験がどんな場面で生きてくるのか。
これからの取材や放送で、髙萩眞子アナならではの視点が見えてくるのも楽しみです。
