テレビ朝日のアナウンサーとして、『グッド!モーニング』などに出演している佐々木若葉さん。落ち着いたニュース読みや爽やかな雰囲気を見て、「どこの高校や大学に通っていたんだろう?」「学生時代からアナウンサーを目指していたのかな?」と気になった方もいると思います。
佐々木若葉さんの学歴で公式に確認できるのは、仙台白百合学園高等学校から上智大学文学部新聞学科へ進学したという経歴です。高校時代にはニュージーランドへ1年間交換留学し、大学ではジャーナリズムを学びながら、アナウンススクールやテレビ番組でのリポーターも経験しています。
一方、出身中学校については「仙台白百合学園中学校では?」という情報も見かけます。ただ、本人やテレビ朝日などが公開している資料では、中学校名までは確認できませんでした。
学校名だけを見ると華やかな学歴に目が向きますが、佐々木若葉さんの歩みをたどってみると、それだけではありません。新体操で味わった悔しさ、海外留学で触れたさまざまな価値観、そして東日本大震災をきっかけに芽生えた「伝える仕事」への思いが、少しずつ現在の仕事につながっていることが見えてきます。
- 佐々木若葉さんの出身高校と大学
- 出身中学校について公式に確認できる範囲
- 高校時代のニュージーランド留学と新体操の経験
- 上智大学時代のリポーター・アナウンススクール・受賞歴
- 学生時代の経験が現在のアナウンサー像へどうつながったのか
佐々木若葉の学歴を一覧で確認
まずは、佐々木若葉さんの学歴と学生時代の主な出来事をまとめて見てみましょう。
高校と大学については、テレビ朝日の公式プロフィールにはっきり記載されています。ただ、中学校名については公式に確認できる情報がないため、分かっていることと未公表のことを分けて見ていくと分かりやすいです。
- 出身地
-
宮城県仙台市
- 出身高校
-
仙台白百合学園高等学校
- 出身大学
-
上智大学文学部新聞学科
- 出身中学校
-
学校名は公式には公表されていません
| 時期 | 学校・経歴 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 中学まで | 学校名は公式未公表 | 幼稚園から11年間新体操を継続 |
| 高校 | 仙台白百合学園高等学校 | LEコース、ニュージーランドへ1年間交換留学 |
| 大学 | 上智大学文学部新聞学科 | ジャーナリズムを学び、リポーターやアナウンス活動を経験 |
仙台白百合学園も卒業生紹介の中で、佐々木若葉さんが2021年にLEコースを卒業し、上智大学で学んだ後にテレビ朝日へ入社したことを紹介しています。テレビ朝日の公式プロフィールとも内容は一致しています。
幼稚園から中学校まで11年間、新体操を続ける。
仙台白百合学園高等学校へ進み、高校時代にニュージーランドへ1年間交換留学。
仙台白百合学園高等学校のLEコースを卒業し、上智大学文学部新聞学科へ進学。
アナウンススクールで学びながら、チバテレのリポーターも経験。
大学2年時に第3回学生アナウンス大賞でフジテレビアナトレ賞を受賞。
上智大学での学びを経て、4月にテレビ朝日へ入社。
出身高校と大学は公式プロフィールで確認できる
テレビ朝日のプロフィールを見ると、佐々木若葉さんの出身地は宮城県仙台市。出身校は「仙台白百合学園高等学校 → 上智大学文学部新聞学科」と紹介されています。
2025年4月1日にテレビ朝日へ入社しており、2026年時点では入社2年目。英検準1級と防災士の資格も公表されています。
高校では英語や国際交流に触れ、大学では報道やメディアに近い分野を学ぶ。その進路だけを見ても、現在の仕事につながる流れが少しずつ形になっていたことが分かります。
さらに大学時代には、実際の放送現場でリポートにも挑戦しています。アナウンサーという目標が、かなり早い時期から具体的になっていたようですね。
出身中学校は公式には確認できない
出身中学校については、少し注意して見ておきたいところです。
ネット上では「仙台白百合学園中学校に通っていた」という情報もあります。ただ、テレビ朝日の公式プロフィールでは仙台白百合学園高等学校から記載されていて、中学校名は載っていません。
仙台白百合学園が公開している卒業生インタビューでも、高校1年生のころや高校3年間については詳しく語られていますが、中学校の在籍校については触れられていません。
- 確認済み:仙台白百合学園高等学校を卒業
- 確認済み:2021年にLEコースを卒業
- 確認済み:幼稚園から中学校まで11年間新体操を経験
- 未確認:出身中学校が仙台白百合学園中学校だったという断定
仙台白百合学園には中学校と高等学校の両方があるため、「中学校からそのまま高校へ進んだのかな?」と思うのも自然です。
ただ、学校側はほかの卒業生について「中学・高校で白百合に在籍」「高校から白百合に入学」と区別して紹介している例もあります。佐々木若葉さんについては「2021年にLEコースを卒業」と紹介されているだけなので、今ある公式資料だけで中学校名まで決めつけないほうがよさそうです。
佐々木若葉の出身高校は仙台白百合学園高等学校
佐々木若葉さんがどんな学生時代を過ごしてきたのかを見るうえで、仙台白百合学園高等学校での3年間は外せません。
本人は後に、高校時代を人生の中でも特に楽しかった時期として振り返っています。留学や大学受験など、大変なこともあったそうですが、その経験や出会いが今の価値観にも残っているようです。
- 2021年に仙台白百合学園高等学校のLEコースを卒業
- 高校1年生でオーストラリア人留学生と出会う
- ニュージーランドの女子校へ1年間交換留学
- 多様な価値観や相手の立場を考える姿勢を学ぶ
- 本人は高校3年間を「人生の中で1番楽しい時間」と振り返っている
2021年に仙台白百合学園のLEコースを卒業
仙台白百合学園の公式サイトによると、佐々木若葉さんは2021年に当時のLEコースを卒業しています。
学校側では、英語教育や学園生活で築いた人とのつながりを大切にしながら、上智大学で学び、その後テレビ朝日に入社した卒業生として紹介されています。
仙台白百合学園は現在も、英語教育や国際理解教育に力を入れている学校です。ただし、現在のコース名やカリキュラムが、佐々木若葉さんが在学していたころとすべて同じとは限りません。
はっきりしているのは、佐々木若葉さん自身が高校時代に長期の海外留学を経験し、英語だけでなく、異なる文化の中で暮らす経験も重ねたということです。
高校1年生で出会ったオーストラリア人留学生が転機に
高校生活の中でも、佐々木若葉さんの印象に強く残っているのが、高校1年生のときにオーストラリアから留学生がクラスへやって来たことです。
明るく自由な雰囲気の留学生のまわりには自然とクラスメートが集まり、佐々木若葉さん自身も、海外の学校や家族について話を聞くのが楽しかったそうです。
当時は翌年に自分も海外留学へ行く予定だったため、「自分もこんな学校生活を送るのかな」と楽しみにしていたといいます。
ところが、実際に海外で暮らし始めると、言葉が思うように伝わらなかったり、文化の違いに戸惑ったりする場面もありました。そこで初めて、日本に来ていたあの留学生も、楽しそうに見える一方で大変な思いをしていたのかもしれない、と気づいたそうです。
自分が同じような立場になったからこそ、以前は見えていなかった相手の気持ちにも目を向けられるようになったのでしょう。
この経験を通して、佐々木若葉さんは、相手の気持ちを想像するだけでなく、必要なときには行動に移すことも大切だと感じるようになったと振り返っています。
ちなみに、このオーストラリア人留学生とは、その後もSNSでつながっているそうです。今も大切な仲間として関係が続いていることからも、この出会いの大きさが伝わってきますね。
ニュージーランドの女子校へ1年間交換留学
高校時代には、交換留学生としてニュージーランドの女子校へ1年間通っています。
多民族国家であるニュージーランドでの学校生活は、それまで日本で暮らしてきた佐々木若葉さんにとって、新しく感じることが多かったようです。
学校には宗教などに配慮した祈りのための部屋があり、制服もパンツスタイルとスカートから自分の好きなほうを選べる環境でした。
そうした日常の中で、佐々木若葉さんは「その人らしさ」が自然に尊重されていると感じたそうです。
- 周囲と同じであることだけが良いとは限らないと知った
- 自分自身の意見や個性を持つことを意識するようになった
- 文化や価値観が違う相手を受け入れる感覚が育った
- 相手の立場を想像して行動することを大切にするようになった
日本にいたころは、まわりと同じであることに安心感を持っていた佐々木若葉さん。ただ、留学先では自分の意見や個性を求められる場面が増えていきました。
そこで「自分らしさとは何だろう」と考えるようになり、人はそれぞれ違っていてもいいのだという感覚を持つようになったそうです。
こうして見ると、海外留学は単に英語力を伸ばすためだけの経験ではなかったことが分かります。いろいろな立場や考え方の人と接するアナウンサーの仕事にも、このときの経験は自然と生きていそうですね。
留学中は本人だけでなく母親も学校に支えられていた
留学中の学校側のサポートについて、佐々木若葉さんが語っているエピソードも印象に残ります。
担任の先生は、生徒本人だけでなく、海外へ娘を送り出した家族の気持ちにも寄り添っていたそうです。
娘が海外にいる寂しさや不安を抱える保護者を集めて話を聞いたり、電話で相談に乗ったりしていたといいます。
佐々木若葉さん自身も、先生の支えがあったことで、母親も安心して帰国を待てたと振り返っています。
高校生が1年間海外で暮らすとなれば、本人だけでなく家族も心配になりますよね。佐々木若葉さんが留学を前向きな思い出として振り返れる背景には、現地での経験だけでなく、日本で待つ家族への支えもあったようです。
病気の祖母のために先生が作ったアルバム
仙台白百合学園で学んだこととして、佐々木若葉さんは「他者への思いやり」についても語っています。
その人柄につながっていると感じられるのが、病気になった祖母と担任の先生にまつわるエピソードです。
祖母の病気がつらいと面談で相談したところ、先生は涙を流しながら話を聞いてくれたそうです。
さらに後日、入院のため学校行事を見に来られなかった祖母のために、佐々木若葉さんが友人と学校で過ごしている写真を集め、アルバムまで作ってくれました。
病室でそのアルバムを見た祖母はとても喜び、温かな先生のもとで孫が学校生活を送れていることもうれしく感じていたそうです。
佐々木若葉さん自身も、この出来事を忘れていません。自分が先生から受け取った優しさを、今度は周囲の人へ返していきたいと思うようになったといいます。
アナウンサーの仕事では、短い時間で初めて会う相手と向き合うこともあります。高校時代に感じた「相手のために何ができるかを考える」という気持ちは、今の仕事にもどこかつながっていそうです。
本人にとって高校3年間は特別な時間だった
佐々木若葉さんは仙台白百合学園の後輩たちに向けて、高校3年間を「人生の中で1番楽しい時間だった」と振り返っています。
もちろん、留学中には言葉や文化の違いに悩んだこともあり、大学受験では不安を感じる時期もあったそうです。
それでも後になって振り返ると、その一つひとつが大切な経験だったと感じているようです。
学歴だけを見れば「仙台白百合学園高等学校」という一行で終わってしまいます。でも佐々木若葉さんにとっての高校生活は、「相手を想像すること」「違いを受け入れること」「人から受けた優しさを返すこと」を学んだ3年間でもあったのでしょう。
佐々木若葉の中学時代は11年間続けた新体操が中心
出身中学校の正式名称は分かっていませんが、中学校までの佐々木若葉さんについては、本人がいくつかのエピソードを語っています。
その中でも特に印象的なのが、幼稚園から中学校まで続けていた新体操です。普段のやわらかな雰囲気からは少し意外にも感じますが、かなり負けず嫌いで粘り強い一面があったようです。
幼稚園から中学校まで新体操を11年間継続
テレビ朝日の新人紹介で、佐々木若葉さんは自分を表す言葉の一つとして「万年2位の新体操選手」を挙げています。
幼稚園から中学校まで11年間新体操を続け、さまざまな大会にも出場していました。
ただ、本人によると、同世代のライバルになかなか勝つことができず、大会では何度も2位になったそうです。
「どうして自分はあのようにできないんだろう」と悩むことも多く、決して順調なことばかりではなかったと振り返っています。
それでも11年間続けたところを見ると、簡単に諦めない性格だったことが伝わってきますね。
現在の公式プロフィールでは、好きな言葉として「向き不向きより前向き」を挙げています。思うような結果が出なくても続けてきた新体操の経験と、どこか重なる言葉にも感じられます。
母親は毎週片道1時間以上かけて練習へ送迎
長く新体操を続けられた背景には、家族の支えもありました。
佐々木若葉さんによると、母親は毎週、片道1時間以上かかる体育館まで送り迎えをしてくれていたそうです。
一番になれず悩んでいたときも、家族や周囲の人たちは結果だけを見るのではなく、努力を信じて応援してくれました。
そうした経験があったからこそ、佐々木若葉さん自身も「目に見える成果だけで人を判断しない」という考えを持つようになったそうです。
順位だけではなく、そこにたどり着くまでにどんな努力をしてきたのかを見る。その感覚は、今の取材の仕事にも自然とつながっているのかもしれません。
新体操の悔しさが現在の人の見方につながった
新体操の経験で興味深いのは、結果が出なかったことを、ただの苦い思い出として終わらせていないところです。
佐々木若葉さんは、思うような結果を残せなかった経験があるからこそ、人を見るときに、その人が努力してきた過程や背景にも目を向けるようになったと話しています。
スポーツの世界でも、試合結果や順位だけでは分からないことはたくさんありますよね。11年間の新体操で感じた悔しさが、今では人を一面的に見ない姿勢につながっているようです。
佐々木若葉の大学は上智大学文学部新聞学科
高校卒業後、佐々木若葉さんは上智大学文学部新聞学科へ進学しました。
大学では報道やメディアに近い分野を学びながら、学校の外でもアナウンス技術を磨いています。チバテレでは実際にリポーターを経験していて、アナウンサーへの道がより具体的になっていった時期でもあります。
- 上智大学文学部新聞学科でジャーナリズムやメディアに近い分野を学ぶ
- 日テレ学院のアナウンサー養成短期クラスで学ぶ
- 2022年4月からチバテレ『ザ・サンデー千葉市』のリポーターとして出演
- 東京アナウンススタジオでもアナウンサー受験に向けて学ぶ
- 2023年の第3回学生アナウンス大賞でフジテレビアナトレ賞を受賞
上智大学文学部新聞学科でジャーナリズムを学ぶ
テレビ朝日の公式プロフィールでは、佐々木若葉さんの最終学歴として、上智大学文学部新聞学科が紹介されています。
上智大学の新聞学科は、ジャーナリズムやメディア・コミュニケーションについて、理論と実践の両方から学べる学科です。
現在公開されているカリキュラムでは、1年次にコミュニケーションの基礎理論や資料調査、テレビ番組制作、メディアリテラシーなどを学び、その後はジャーナリズムやマスメディアの歴史・理論、国際コミュニケーションなどへ学びを広げていく構成になっています。
ただし、現在公開されているカリキュラムを佐々木若葉さん本人がすべて履修したとは限りません。所属ゼミや具体的な履修科目も公表されていないため、「新聞学科で学べる内容」と「本人が実際に学んだ科目」は分けて考えたほうがよさそうです。
それでも、新聞や放送、出版などメディアの役割について学べる環境へ進んだことは、小学生のころから抱いていた「伝える仕事」への関心とつながっています。
小学2年生で経験した東日本大震災が進路の原点
佐々木若葉さんがマスコミの仕事に興味を持ったのは、大学生になってからではありません。
宮城県仙台市で育った佐々木若葉さんは、小学2年生のときに東日本大震災を経験しています。
震災の中で、印刷機能を失っても手書きの新聞を作り、情報を届けようとする新聞記者の姿が強く印象に残ったそうです。
テレビでは、ヘルメットをかぶりながら避難を呼びかけるアナウンサーの姿も目にしました。周囲の大人まで慌てている中で、情報を伝え続ける人たちの姿を見て、憧れを抱くようになったといいます。
特に印象に残ったのは、余震でスタジオが揺れていても、カメラに向かって情報を届け続けるアナウンサーでした。その姿を見ることで、小学生だった佐々木若葉さん自身も少し安心できたそうです。
そこから、「自分の言葉で誰かを安心させられるアナウンサーになりたい」という思いが生まれていきました。
こうした経緯を知ると、上智大学で新聞学科を選んだことも自然に感じられます。新聞記者やアナウンサーに憧れた小学生のころから、「情報を伝える仕事」への興味はずっと続いていたようです。
防災士の資格にも震災経験とのつながりが見える
テレビ朝日の公式プロフィールでは、佐々木若葉さんが防災士の資格を持っていることも紹介されています。
防災士を取得した時期や、取得しようと思った詳しい理由までは明らかになっていません。
ただ、小学2年生で東日本大震災を経験し、災害時に情報を届ける人の姿がアナウンサーを目指すきっかけになったことを考えると、防災への関心が今にも続いていることは感じられます。
学歴だけでなく資格まで見てみると、「必要な情報を届けて誰かを安心させたい」という思いが、一つの軸として続いているようですね。
上智大学時代にはアナウンサーになるための実践経験を積んだ
佐々木若葉さんの大学生活は、教室でジャーナリズムを学ぶだけではありませんでした。
アナウンススクールへ通い、実際のテレビ番組でリポーターを務め、学生向けのアナウンスコンテストにも挑戦しています。学んだことを実際の現場で試す機会も、自分から増やしていったようです。
上智大学文学部新聞学科でメディアやジャーナリズムに近い分野を学ぶ。
日テレ学院のアナウンサー養成短期クラスで学び、その後も研修などで技術を磨く。
チバテレ『ザ・サンデー千葉市』のリポーターとして出演。
東京アナウンススタジオでもアナウンサー受験へ向けて学ぶ。
第3回学生アナウンス大賞でフジテレビアナトレ賞を受賞。
日テレ学院でアナウンス技術を磨く
佐々木若葉さんは大学時代、日テレ学院のアナウンサー養成短期クラスで学んでいました。
日テレ学院は2022年当時、短期クラスを終えた後も研修などを受けながら、自分を磨き続けている人物として佐々木若葉さんを紹介しています。
アナウンサーに求められるのは、原稿をきれいに読む力だけではありません。発声や発音に加えて、相手から話を引き出したり、現場の様子を短く分かりやすく伝えたり、その場の変化に対応したりする力も必要になります。
大学ではジャーナリズムやメディアについて学び、学校の外では「どう伝えるか」を実践的に身につける。そんなふうに、二つを並行して進めていた大学生活だったようです。
2022年からチバテレでリポーターを経験
大学時代の大きな経験の一つが、チバテレ『ザ・サンデー千葉市』への出演です。
日テレ学院の公式情報によると、2022年4月から同番組のリポーターとして出演し、初回は4月3日に放送されました。
大学生のうちから実際のテレビ番組のロケに参加できたことは、その後のアナウンサー人生を考えても大きな経験だったと思います。
スタジオで練習するのとは違い、現場には取材相手がいて、限られた撮影時間もあります。その場で感じたことや起きたことを、視聴者に分かりやすく届けなければなりません。
本人も初出演時には、千葉市を駆け回りながら、その魅力をしっかり伝えたいという意欲を見せていました。
テレビ朝日へ入社した後もロケを担当していることを考えると、学生時代のリポーター経験は、プロになる前に実際の放送を学べる貴重な機会だったのでしょう。
第3回学生アナウンス大賞でフジテレビアナトレ賞を受賞
大学時代の実績としてもう一つ知られているのが、「第3回学生アナウンス大賞」です。
2023年の大会には1600人以上がエントリーし、当時上智大学2年生だった佐々木若葉さんは、フジテレビアナトレ賞に選ばれました。
「学生アナウンス大賞のグランプリ受賞」ではありません。第3回大会のグランプリは西田杏優さんで、佐々木若葉さんが受賞したのは「フジテレビアナトレ賞」です。
ネット上では「学生アナウンス大賞受賞」と短く紹介されることもありますが、正確な賞名はフジテレビアナトレ賞です。
それでも、1600人を超える参加者が集まった大会で評価されたことは、大学時代に積み重ねてきた経験が一つの形になった出来事ですね。
東京アナウンススタジオでも学んでいた
佐々木若葉さんは、東京アナウンススタジオでも学んでいました。
同スクールの公式サイトでは、第3回学生アナウンス大賞で、スクール生の佐々木若葉さんが1600人を超える参加者の中からアナトレ賞に選ばれたことが紹介されています。
日テレ学院で学び、テレビ番組ではリポーターを経験し、さらに別のアナウンススクールでも就職に向けて準備を進める。こうして見ると、一つの経験だけで満足せず、できることを少しずつ増やしていたことが分かります。
幼いころから憧れていた仕事でも、実際にアナウンサーになるには準備が必要です。佐々木若葉さんは大学生活のかなり早い段階から、その思いを具体的な行動に変えていたようです。
大学進学後は一人暮らしと料理も大きな経験に
大学時代には、将来の仕事に向けた活動だけでなく、生活面にも大きな変化がありました。
仙台を離れて一人暮らしを始めた佐々木若葉さんは、自炊をきっかけに料理が好きになっていきます。現在も趣味として料理を挙げていて、大学時代に始まった習慣がそのまま続いているようです。
一人暮らしをきっかけに3食自炊する生活へ
テレビ朝日の新人紹介によると、大学生になって一人暮らしを始めてから、3食を自分で作るようになったそうです。
最初は節約のために始めた自炊でしたが、少しずつ料理そのものの楽しさにはまっていきました。
やがて調味料や食材にもこだわるようになり、一人でフルコースを作ったり、友人を家に招いて料理を振る舞ったりするほど好きになったそうです。
2026年のテレビ朝日のインタビューでも、大学から一人暮らしを始めたことや、当時おうちで過ごす時間が増えたことが料理を始めるきっかけだったと話しています。
現在の得意料理にはラザニアを挙げていて、友人が遊びに来るときにも作るのだそうです。
学歴とは少し離れた話にも見えますが、大学進学をきっかけに親元を離れ、自分で生活を整えるようになったことも、学生時代の大きな変化の一つですね。
佐々木若葉の学歴をめぐる噂と事実を整理
佐々木若葉さんの知名度が高まるにつれて、ネット上でもさまざまな学歴情報を見かけるようになりました。
ただ、学校名や賞の名前は少し違うだけでも意味が変わってきます。ここでは、公式情報で確認できることと、まだ確認できないことを分けて整理しておきます。
| 話題 | 現時点で確認できる内容 | 判断 |
|---|---|---|
| 出身高校 | 仙台白百合学園高等学校 | 公式確認済み |
| 出身大学 | 上智大学文学部新聞学科 | 公式確認済み |
| 出身中学校 | 学校名の公式発表なし | 未確認 |
| 学生アナウンス大賞 | フジテレビアナトレ賞 | 公式確認済み |
| 大学のゼミ | 公表情報なし | 未確認 |
- 仙台白百合学園中学校出身と断定できる公式資料は確認できない
- 学生アナウンス大賞ではグランプリではなくフジテレビアナトレ賞を受賞
- 上智大学文学部新聞学科で学んだことは確定しているが、所属ゼミは未公表
- ニュージーランドの女子校へ1年間留学したことは本人が明かしているが、学校名は公表されていない
仙台白百合学園中学校出身という説は確定していない
特に広まりやすいのが、出身中学校についての情報です。
仙台白百合学園には中学校もあり、中高一貫教育を行っているため、「高校が仙台白百合なら、中学も同じだったのでは?」と考えるのも不自然ではありません。
ただ、テレビ朝日が公表している出身校は仙台白百合学園高等学校からで、学校公式のインタビューにも中学校名は出てきません。
今のところは、「出身中学校は公表されていない」と考えておくのがよさそうです。
「学生アナウンス大賞グランプリ」は誤り
大学時代に学生アナウンス大賞で評価を受けたことは事実です。
ただし、佐々木若葉さんが受賞したのはフジテレビアナトレ賞で、大会のグランプリではありません。
人物の経歴を見るときは、こうした細かな違いも意外と大切です。実績を大きく見せるよりも、正式な賞名で紹介したほうが、大学時代にどんな評価を受けていたのかも分かりやすいですね。
ニュージーランドの留学先の学校名は公表されていない
佐々木若葉さん本人は、高校時代にニュージーランドの女子校へ1年間交換留学したことを明らかにしています。
ただ、現在確認できる学校公式のインタビューには、現地校の具体的な名前までは書かれていません。
そのため、留学先については「ニュージーランドの女子校」というところまでにしておくのが自然です。
佐々木若葉がアナウンサーを目指した理由と学歴のつながり
佐々木若葉さんの学歴は、学校名だけを追っていても、その魅力が少し見えにくいかもしれません。
小学2年生で経験した震災、新体操での悔しさ、高校での留学、大学でのジャーナリズムの学び、そして学生リポーターとしての経験。それぞれが少しずつつながり、今のアナウンサーという仕事へ続いています。
「誰かを安心させられるアナウンサー」が目標
仙台白百合学園の卒業生インタビューでは、自分の言葉を通して誰かを安心させられるアナウンサーになりたいと語っています。
その原点にあるのが、東日本大震災の経験です。
普段は落ち着いている大人たちまで慌てる状況の中で、余震に揺れるスタジオから情報を伝えるアナウンサーを見て、「情報を伝えてくれる人がいる」と感じ、少し安心できたそうです。
その後、上智大学の新聞学科へ進み、放送現場でも経験を積んでいったことを考えると、小学生のころの憧れを少しずつ現実の仕事につなげていったことが分かります。
高校時代の「相手を想像する力」が取材にもつながる
ニュージーランドで暮らしたとき、佐々木若葉さん自身が外国人として生活する難しさを経験しました。
その経験があったからこそ、高校1年生のころ日本へ来ていたオーストラリア人留学生の気持ちも、以前より深く想像できるようになったといいます。
アナウンサーとして取材をしていると、自分とはまったく違う経験をしてきた人の話を聞くこともあります。
そんなとき、「自分だったら」だけではなく「相手から見たらどう感じるだろう」と考える姿勢は、とても自然に生きてきそうですね。
新体操で身につけた「結果だけを見ない」視点
新体操では、11年間努力しても一番になれない悔しさを何度も味わいました。
一方で、家族をはじめ周囲の人たちは、結果にかかわらず努力を見て応援してくれていたそうです。
その経験から、誰かを見るときには結果だけでなく、そこまでにどんな過程があったのかも大切にするようになったと話しています。
取材相手の結果だけではなく、その奥にある努力や思いにも目を向ける。そんな姿勢には、新体操を続けた11年間が生きているのかもしれません。
高校の先生から受け取った優しさを周囲へ返す
病気の祖母のために担任の先生が写真アルバムを作ってくれた経験も、今の価値観につながっています。
佐々木若葉さんは、仙台白百合学園でたくさんの優しさや愛情を受けたからこそ、自分も周囲の人を大切にしたいと考えているそうです。
社会人になってからの言葉にも、似た思いが表れています。2026年には、仕事でも日常でも多くの人に支えられてきたことをあらためて感じ、「ありがとう」や「嬉しかった」という気持ちをきちんと言葉にできる人でいたいと話しています。
高校時代に受け取った温かさが、数年たった今も本人の中に残っていることが伝わってきますね。
テレビ朝日入社後にも学生時代の経験が生きている
佐々木若葉さんは上智大学で学んだ後、2025年4月1日にテレビ朝日へ入社しました。
2026年には入社2年目となり、『グッド!モーニング』でニュースや交通情報、企画コーナーなどを担当しています。学生時代から重ねてきた「伝えるための学び」を、今は実際の放送現場で磨いているところです。
入社後の研修では発音やアクセントに苦戦
学生時代にアナウンススクールへ通い、テレビ番組への出演経験もあった佐々木若葉さんですが、テレビ朝日へ入社してからの研修も決して簡単ではなかったようです。
2026年のインタビューでは、日本語のアクセントや発音に苦戦し、自分のできていない部分と向き合う日々だったと振り返っています。
学生時代に経験を積んでいても、プロとして求められるものはまた違ったのでしょう。
それでも苦手なことから逃げずに練習を続ける姿には、「万年2位」でも新体操を11年間続けたころの粘り強さと重なるところがあります。
『グッド!モーニング』では周囲を頼ることも学んだ
『グッド!モーニング』を担当し始めたころは、自分が何時にどこへ行き、次に何をすればいいのかを把握するだけでも精いっぱいだったそうです。
小さな付箋に時間や場所、やることを書き、それを確認しながら生放送に臨んでいました。
半年ほどたつと少しずつ余裕が出てきて、先輩に質問したり、自分なりに放送をよくする方法を考えたりできるようになったといいます。
2026年7月のインタビューでは、朝の番組だからこそ、画面を見られない視聴者にも内容が伝わるようにはっきり話すことや、明るいトーンを意識しているとも語っています。
学生時代に経験を積んで入社しても、そこで完成というわけではありません。現場に出てからも、少しずつ学び続けていることが分かります。
取材相手を大切にする姿勢にも高校時代との共通点
佐々木若葉さんは先輩アナウンサーから、取材相手にとってはその取材が「一生に一度」の経験になるかもしれない、という考え方を教わったそうです。
取材に協力してくれた相手が後悔しない時間にしたいという思いは、高校時代に学んだ「相手の気持ちを想像して行動する」という考え方とも重なります。
ニュージーランド留学や先生との出会いが、そのまま放送技術につながるわけではありません。ただ、人とどう向き合うかという部分では、学生時代に感じたことが今の仕事の土台になっているように見えます。
佐々木若葉の学歴に関するよくある疑問
最後に、佐々木若葉さんの学歴について気になりやすいポイントを、今のところ確認できる情報に絞ってまとめます。
- 佐々木若葉さんの出身高校はどこ?
-
仙台白百合学園高等学校です。学校側の卒業生紹介とテレビ朝日の公式プロフィールの両方で確認できます。
- 出身大学と学部・学科は?
-
上智大学文学部新聞学科です。大学時代にはジャーナリズムやメディアに近い環境で学びながら、アナウンススクールやテレビ番組でのリポーターも経験しています。
- 出身中学校は仙台白百合学園中学校?
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今のところ断定はできません。ネット上にはそのような情報もありますが、本人・テレビ朝日・学校の公式資料では出身中学校名は確認できていません。
- 高校時代の留学先はどこ?
-
ニュージーランドの女子校へ1年間交換留学したことを本人が明かしています。ただし、現地校の具体的な学校名は公表されていません。
- 学生アナウンス大賞でグランプリを取ったの?
-
グランプリではありません。2023年の第3回学生アナウンス大賞で受賞したのは「フジテレビアナトレ賞」です。
佐々木若葉の学歴から見えるのは一貫した「伝える人」への歩み
佐々木若葉さんの学歴で公式に確認できるのは、仙台白百合学園高等学校から上智大学文学部新聞学科へ進学したという経歴です。出身中学校については、現在の公式資料では学校名まで明らかになっていません。
高校ではニュージーランドの女子校へ1年間交換留学し、さまざまな文化や価値観に触れました。
そこで、自分と違う人を受け入れることや、相手の立場を想像して行動することを学びます。担任の先生との関わりからは、人を大切にする姿勢も受け取ってきました。
それ以前の幼稚園から中学校までは、11年間新体操を続けています。
大会ではなかなか一番になれず悩んだものの、その経験を通して、結果だけではなく、その人が積み重ねてきた努力を見るようになったと本人は話しています。
上智大学では文学部新聞学科へ進み、ジャーナリズムやメディアに近い環境で学びました。
さらに日テレ学院や東京アナウンススタジオでアナウンス技術を磨き、チバテレ『ザ・サンデー千葉市』では学生のうちからリポーターを経験。大学2年時には、1600人以上が参加した第3回学生アナウンス大賞でフジテレビアナトレ賞を受賞しています。
そして、その歩みをさかのぼると、小学2年生で経験した東日本大震災に行き着きます。
混乱の中でも情報を届け続ける新聞記者やアナウンサーを見て「伝える仕事」に憧れた少女が、高校では海外へ飛び出し、大学ではジャーナリズムを学び、実際の放送現場にも挑戦する。そしてテレビ朝日のアナウンサーになるまでにつながっていきました。
- 出身高校:仙台白百合学園高等学校
- 出身大学:上智大学文学部新聞学科
- 出身中学校:公式には学校名未公表
- 高校時代:ニュージーランドの女子校へ1年間交換留学
- 大学時代:チバテレのリポーター、アナウンススクール、学生アナウンス大賞フジテレビアナトレ賞などを経験
佐々木若葉さんの学歴は、単に「仙台白百合学園から上智大学へ進んだ」という学校名の並びだけでは語り切れません。
新体操で知った努力する人の気持ち、留学で触れた価値観の違い、先生から受け取った優しさ、震災のときに感じた情報の力、そして大学時代に自分から積み上げた実践経験。そうした一つひとつが重なって、今の「誰かを安心させられるアナウンサーになりたい」という思いにつながっているようです。
