「ミタパン」の愛称でも親しまれてきた三田友梨佳さん。
フジテレビ時代にはバラエティーやスポーツ番組だけでなく、報道番組のキャスターとしても活躍していました。
落ち着いた話し方や英語力も印象的なので、「どんな学校に通っていたの?」「大学では何を学んでいたの?」と気になる人も多いかもしれません。
三田友梨佳さんは、幼い頃から青山学院で学んできました。
高校時代にはアメリカ・シアトルへ1年間留学し、その後は青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科へ進学しています。
大学では学業奨励賞を受賞しながら、体育会硬式野球部のマネージャーも4年間続けていました。
三田友梨佳さんの学歴で注目したいポイント
- 幼稚園から大学まで青山学院で学んでいる
- 高校時代にアメリカ・シアトルへ1年間留学
- 青山学院大学では学業奨励賞を受賞
- 体育会硬式野球部で4年間マネージャーを務めた
こうして学歴だけを並べても十分華やかですが、三田さんの場合は、その中でどんな経験をしてきたのかを見ていくと、今の仕事ぶりにつながる部分がいくつも見えてきます。
英語を好きになったきっかけ。
人前で話すことへの苦手意識。
シアトル留学で感じたこと。
そして、大学で選手を支え続けた4年間。
順番にたどっていくと、三田友梨佳さんがどんな学生だったのかが、かなり自然に見えてきます。
三田友梨佳の学歴を一覧で確認
まずは、三田友梨佳さんの学歴をざっくり整理してみましょう。
本人は青山学院大学のインタビューで、幼稚園から高校まで青山学院に通っていたと話しています。大学も青山学院大学へ進んでいるので、学生時代のほとんどを青山学院で過ごしたことになります。
| 時期 | 学校・経験 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 幼少期〜中学 | 青山学院 | 幼稚園から青山学院で学ぶ |
| 高校 | 青山学院高等部 | シアトルへ1年間交換留学 |
| 大学 | 青山学院大学 | 国際政治経済学部国際経済学科で学ぶ |
| 大学時代 | 体育会硬式野球部 | 4年間マネージャーとして活動 |
| 2011年 | 大学卒業 | フジテレビへ入社 |
- 幼稚園から大学まで青山学院で学んだ
- 中学・高校・大学時代は図書館で勉強することが多かった
- 高校では英語のスピーチコンテストに挑戦した
- 高校時代に米国シアトルへ1年間留学した
- 大学では学業奨励賞を受賞した
- 体育会硬式野球部で4年間マネージャーを務めた
「幼稚園から青山学院」と聞くと、一貫校ならではの順調な進路を思い浮かべるかもしれません。
ただ、本人の話を読んでいくと、決められた道をそのまま進んだというより、自分の興味を少しずつ広げながら進路を決めてきたことが分かります。
幼稚園から大学まで青山学院で学んだ
三田友梨佳さんは、幼い頃から青山学院で学んできました。
本人は一貫教育について、受験勉強だけに追われず、自分の好きなことや興味のあることに時間を使えたのがよかったと振り返っています。
その環境の中で、三田さんは勉強すること自体を楽しむようになっていったようです。
中学、高校、大学時代は、時間があれば一人で図書館へ行っていたそうで、本人は当時について「勉強が趣味だった」と話しています。
テレビでの知的な印象だけを見ると、もともと何でも器用にこなす人だったように思えますが、実際には日々の積み重ねを大切にする学生だったことが伝わってきます。
内部進学でも勉強を続けていた
青山学院で長く学んでいることから、「内部進学なら、あまり勉強しなくても大学へ行けたのでは」と思う人もいるかもしれません。
ただ、三田さんの学生時代を見ると、そのイメージとは少し違います。
高校時代には学校が終わった後も図書館へ通い、大学に進んでからも学業を続けています。
本人へのインタビューでは、高校2年生と大学1年生の時に奨励賞を受けたことも紹介されています。
さらに青山学院大学が公表している2008年度の資料には、国際経済学科の学業奨励賞受賞者として「三田友梨佳」の名前が掲載されています。
学業奨励賞は、前年度に優れた成績を収めた学生などを対象とするものです。
そのため、大学1年次の成績が評価され、翌年度に表彰されたと考えるのが自然ですね。
偏差値だけで判断しないほうが分かりやすい
現在の高校や大学の偏差値を、そのまま三田さん本人の学力として見るのは少し違います。
それよりも、実際に残っている学習習慣や学業奨励賞などの受賞歴を見るほうが、学生時代の姿は分かりやすいと思います。
三田友梨佳は学生時代から勉強が好きだった
三田友梨佳さんの学歴を見ていて面白いのは、「勉強ができた」という結果だけではありません。
本人自身が、学ぶことをかなり楽しんでいたところです。
学校の授業だけでなく、自分から図書館へ行って勉強していたことからも、その性格がうかがえます。
時間があれば一人で図書館へ
三田さんは、中学から大学まで、時間があると図書館へ行っていたと話しています。
新しく何かを知ることが楽しく、それが自分の中に積み重なっていく感覚が好きだったようです。
青山学院高等部の卒業生インタビューでも、高校時代に勉強する楽しさを知り、放課後には近所の図書館へ行っていたと振り返っています。
こうした話を聞くと、「テストでいい点を取るため」というより、知ることそのものを楽しんでいた学生だったのだと思います。
アナウンサー、とくに報道番組のキャスターは、毎日のように違うテーマを扱います。
政治、経済、スポーツ、社会問題など、知らない分野についてその都度学ばなくてはいけません。
そう考えると、学生時代から身についていた「分からないことを調べる習慣」は、その後の仕事にもかなり役立ったのではないでしょうか。
高校と大学で学業を評価されている
三田さんは、高校2年生の頃にも学業面で評価された経験があると紹介されています。
大学ではさらに、青山学院大学の学業奨励賞を受賞しています。
大学時代は硬式野球部のマネージャーとしてかなり忙しく過ごしていました。
それでも勉強を続けていたところを見ると、本人が話している「文武両道」という言葉にも納得できます。
勉強だけに集中していたわけでもなく、部活動だけにのめり込んでいたわけでもありません。
どちらか一方を諦めるのではなく、できる範囲で両方に向き合っていた学生だったようですね。
三田友梨佳の高校時代は英語が大きな転機に
三田友梨佳さんの学生時代を見ていくと、高校時代はかなり大きな転機だったことが分かります。
英語のスピーチコンテストやシアトル留学など、後のアナウンサー人生につながる経験がこの頃に集中しています。
ただ、英語との出会い自体は、もっと幼い頃までさかのぼります。
英語は幼稚園の頃から学んでいた
三田さんは、幼稚園の頃から英会話スクールに通っていたそうです。
最初は親の勧めだったそうですが、外国人の先生と英語で話せることが楽しくなり、自分から通いたいと思うようになったと話しています。
さらに小学4年生頃からは、夏休みにイギリスやオーストラリアでサマーキャンプやホームステイも経験していました。
まだ子どもの頃なので、「将来のために英語を身につけよう」と考えていたわけではなかったようです。
むしろ、新しい場所へ行ったり、知らない人と話したりすることを楽しんでいたのでしょう。
その経験が少しずつ積み重なり、高校では英語への興味がさらに強くなっていきます。
- 幼稚園の頃から英会話スクールへ通う
- 小学4年生頃から海外のサマーキャンプやホームステイを経験
- 高校で英語への興味がさらに深まる
- 英語のスピーチコンテストへ挑戦
- 高校時代にシアトルへ1年間留学
- 大学では国際政治や国際経済を学ぶ
こうして見ると、英語は単なる得意科目ではありません。
三田さんがその後の進路を考えるうえで、かなり大きな存在になっていたことが分かります。
英語のスピーチコンテストが転機になった
今の三田友梨佳さんを見ると、人前で話すことは昔から得意だったようにも見えます。
でも、本人によれば、もともとは人見知りで、人前に出ることも苦手だったそうです。
そんな三田さんが高校時代に挑戦したのが、英語のスピーチコンテストでした。
英語を話している時には、普段とは少し違う自分になれるような感覚があったそうです。
思い切って出場すると、多くの拍手をもらい、大きな達成感を感じたと話しています。
そこから、「人に何かを伝える仕事」に興味を持つようになりました。
アナウンサーにつながる大きな経験
人前に出るのが得意だからアナウンサーになったのではなく、苦手意識を持ちながら一歩踏み出した経験が、仕事につながっていったんですね。
青山学院高等部からシアトルへ1年間留学
三田友梨佳さんの出身高校は、青山学院高等部です。
青山学院高等部の公式サイトでは、三田さんが2007年に卒業したこと、在学中に米国シアトルへ1年間交換留学したことが紹介されています。
本人も、高校3年生の時にシアトルで1年間ホームステイしたと話しています。
それ以前にも海外へ行った経験はありましたが、1年間生活するとなると話は別です。
家族や友人と長く離れて暮らしたことで、日本で当たり前だと思っていた日常が、実は多くの人に支えられていたことにも気づいたそうです。
帰国後には、留学によって学年がずれたため、下の学年の生徒たちと一緒に授業を受けました。
最初は不安もあったと思いますが、新しく一緒になった生徒たちは温かく迎えてくれたそうです。
もともとの同級生たちも、留学中から連絡を取り続けてくれていました。
留学そのものだけでなく、帰国後の人間関係も、三田さんにとって印象に残る経験になったようですね。
留学で「自分の意見を持つこと」を学んだ
シアトル留学で三田さんが強く感じたのは、英語力の違いだけではありませんでした。
現地の学校では、生徒たちが授業中でも自分の意見をどんどん話します。
三田さんも「友梨佳はどう思うの?」「日本ではどうなの?」と聞かれることがありました。
そこで、すぐに自分の考えを言えないことに気づいたそうです。
英語が話せるかどうか以前に、「自分はどう考えているのか」を持っていなければ、言葉にできません。
この経験から、三田さんは自分の意見を持つことの大切さを学んだと振り返っています。
後に報道番組のキャスターとして、自分の視点や考えを言葉にする姿を見ると、この留学経験はかなり大きかったのだと思います。
単に英語が上手になっただけではなく、考え方そのものが変わった1年間だったのでしょう。
三田友梨佳の出身大学は青山学院大学
高校卒業後、三田友梨佳さんは青山学院大学へ進学しました。
所属したのは国際政治経済学部国際経済学科です。
青山学院高等部からの進学ではありますが、大学選びについてはかなり悩んだ時期もあったようです。
高校時代の留学を通して英語への関心がさらに強くなり、海外の大学も選択肢に入れていたと話しています。
海外大学も考えていた
高校時代の三田さんは、大学で具体的に何を学びたいのか、まだはっきり決まっていませんでした。
シアトルで生活したことで、もっと英語を学びたい、海外に関わる勉強をしたいという気持ちが強くなります。
そのため、海外大学への進学も考えていました。
そこで改めて青山学院大学の国際政治経済学部に目を向けます。
英語だけを勉強するのではなく、国際的な視点から政治や経済について学べるところに魅力を感じたそうです。
系列校だから何となくそのまま大学へ進んだというより、一度は海外も考えたうえで、自分が学びたい内容を考えて進路を選んだことが分かります。
国際経済学科で学んだ
三田さんが進学したのは、青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科です。
プロフィールによっては、国際コミュニケーションコース卒業とも紹介されています。
大学では英語の授業も充実していて、ネイティブスピーカーの先生から発音や表現について学んだそうです。
また、周囲には海外経験のある学生も多く、自分の考えを自分の言葉で発信できる友人たちから刺激を受けたと話しています。
高校のシアトル留学では、「自分の意見を持たなければ話せない」と感じました。
大学では、その考えを実際に人へ伝える力を少しずつ身につけていったようです。
学生時代の経験が、一段ずつ積み重なっている感じがしますね。
大学では学業奨励賞を受賞
三田友梨佳さんの大学時代の成績については、はっきり確認できる実績があります。
青山学院大学が公表した2008年度の資料には、国際経済学科の学業奨励賞受賞者として三田さんの名前が掲載されています。
本人も大学のインタビューで、この受賞について触れています。
体育会の部活動に力を入れながらも、「文武両道」でありたいと思い、勉強も大切にしていたそうです。
学業奨励賞を受けたことが、その後の励みにもなったと振り返っています。
大学時代の三田さんは、かなり忙しい毎日を送っていました。
その中で大学から評価される成績を残していたことを考えると、勉強への向き合い方はかなり真面目だったのでしょう。
大学時代は硬式野球部のマネージャーとして活動
三田友梨佳さんの大学生活で、もう一つ外せないのが硬式野球部です。
青山学院大学では、体育会硬式野球部のマネージャーを4年間務めました。
本人は当時について、「部活が大学生活のすべて」と感じるほど多くの時間を野球部で過ごしていたと振り返っています。
華やかな学生生活というより、かなり体育会色の強い4年間だったようです。
自分がプレーするより人を支えることが好き
三田さんは、自分が前に出ることより、誰かをサポートするほうが好きだったと話しています。
その性格もあり、大学では選手としてではなく、マネージャーという立場を選びました。
マネージャーの仕事は目立つものばかりではありません。
選手が練習しやすい環境を整えたり、試合の準備をしたり、周囲を見ながら先回りして動いたりします。
三田さんにとっては、そうした役割が自分に合っていたのでしょう。
後にアナウンサーになってからも、「アナウンサーは主役ではない」という考えを話しています。
ニュースや出演者の魅力を視聴者へ届けるために、自分がどう動くかを考える。
大学時代のマネージャー経験と、アナウンサーとしての仕事観には、どこか似たところがあります。
片道約2時間をかけて通学していた
三田さんの大学生活は、かなり忙しかったようです。
本人によると、大学までは片道約2時間。
授業を受けた後は野球部の活動があり、帰宅が23時頃になることもあったそうです。
平日に試合が入ることもあり、かなり時間に追われる毎日でした。
それでも4年間マネージャーを続けています。
- 片道約2時間をかけて大学へ通う
- 授業後は硬式野球部で活動
- 帰宅が23時頃になる日もある
- 平日の試合にも対応
- その中で学業奨励賞も受賞
学業奨励賞という結果だけを見るより、こうした生活の中で勉強も続けていたと考えると、その努力がより伝わってきます。
野球部で身についた「先を読む力」
三田さんは、野球部のマネージャー経験から「先を読む力」を身につけたと話しています。
相手が何かを言ってから動くのではなく、次に何が必要になるのかを考える。
そのためには、相手の立場になって考えることも欠かせません。
この経験は、アナウンサーの仕事にも生かされているそうです。
生放送では、自分が話すことだけを考えていればいいわけではありません。
共演者が何を話そうとしているのか、次にどんな流れになるのか、スタッフがどう動いているのかを見ながら対応する必要があります。
大学時代に身についた「周りを見る力」は、テレビの仕事でも大きな助けになったのでしょう。
三田友梨佳の英語力はどれくらい?
三田友梨佳さんの学歴を調べていると、英語力についても気になるところです。
高校時代に1年間シアトルへ留学していることに加え、幼少期から長く英語に触れてきました。
資格だけを見るより、その過程を知ったほうが、三田さんの英語力はイメージしやすいかもしれません。
英検準1級とTOEIC850点
三田友梨佳さんは、英検準1級とTOEIC850点を取得していると報じられています。
ただ、本人の英語経験を見ると、資格の数字だけでは少しもったいない印象もあります。
幼稚園から英会話を学び、小学生時代には海外でのホームステイを経験。
高校では1年間シアトルで生活し、大学でも国際分野を学びました。
本人によると、シアトル留学の前には、好きな映画を英語字幕で何度も見るといった勉強もしていたそうです。
教科書だけでは覚えにくい、実際に使われる言葉や表現を身につけるのに役立ったと話しています。
資格取得のためだけの英語ではなく、実際に使うための英語を長く学んできたことが分かります。
英語は仕事にも生かされた
三田さんは、英語を学んだことで仕事の幅も広がったと振り返っています。
アナウンサーになってからは、海外の著名人と直接やり取りする機会もありました。
本人によると、『めざましテレビ』で英語を扱うコーナーを担当したことがきっかけで、テイラー・スウィフトさんがフジテレビの番組に出演した際、通訳を担当した経験もあったそうです。
幼い頃から好きだった英語が、大学の学びにつながり、さらに社会人になって仕事にもつながる。
三田さんの場合、学生時代に身につけたものが、その後も長く生きていることがよく分かります。
三田友梨佳がアナウンサーを目指したきっかけ
国際政治経済学部で学んでいた三田友梨佳さんですが、大学卒業後に選んだのはアナウンサーの道でした。
なぜアナウンサーだったのでしょうか。
そこには、幼い頃からの家族との時間と、高校時代の経験が関わっていました。
祖父とニュースを見るのが日課だった
三田さんは、高校生の頃まで祖父と過ごす時間が多かったそうです。
夕食を一緒に食べ、その後に夜のニュースを見るのが日課でした。
テレビに映るアナウンサーを見た祖父から「友梨佳に似ているね」と言われたことがあり、「自分がテレビに出たら祖父が喜んでくれるかもしれない」と感じたそうです。
これが、アナウンサーという仕事を意識するきっかけの一つになりました。
そこへ、高校時代の英語スピーチコンテストで感じた「人に伝えることの楽しさ」が重なります。
家族との何気ない時間と、学校での挑戦。
その二つが少しずつつながり、大学3年生頃にはアナウンサーを具体的な進路として考えるようになったそうです。
大学で学んだことも報道の仕事につながった
三田さんは2011年に青山学院大学を卒業し、フジテレビへ入社しました。
最初から報道一筋だったわけではありません。
スポーツや情報番組、バラエティーなど、さまざまな仕事を経験しています。
その後、報道番組のキャスターも担当するようになりました。
- 大学で学んだ国際経済
- シアトルで感じた「自分の意見を持つこと」の大切さ
- 野球部で身につけた先を読む力
一見すると別々の経験ですが、アナウンサーという仕事の中では自然につながっています。
学生時代にやってきたことが、社会人になった後に少しずつ役立っていったのだと思います。
三田友梨佳の学歴から見える性格
学歴だけを見ると、青山学院、海外留学、国際政治経済学部と、華やかな印象が先にくるかもしれません。
でも、本人の話を読んでいくと、それだけではない一面が見えてきます。
むしろ、少しずつ努力を重ねるタイプだったことが印象に残ります。
好きなことにはじっくり取り組む
勉強が好きで、時間があれば図書館へ行く。
英語に興味を持つと、海外へ行って実際に使ってみる。
大学では野球部に入り、4年間マネージャーを続ける。
こうしたエピソードを見ると、何かに興味を持った時に、途中で終わらせず続けるタイプだったことが分かります。
器用に何でもこなしたというより、好きなことを長く積み上げてきた人という印象のほうが近そうです。
人前に出るのはもともと苦手だった
アナウンサーとしてテレビに出ている姿を見ると意外ですが、三田さんはもともと人見知りだったそうです。
人前に出ることにも苦手意識がありました。
だからこそ、高校時代の英語スピーチコンテストは大きな出来事でした。
苦手だったことに挑戦して、拍手をもらう。
その経験から「人に伝える仕事もいいかもしれない」と思うようになりました。
最初から得意だったわけではなく、挑戦したことで得意なことを増やしていったんですね。
「支える側が好き」は大学時代から変わらない
三田さんは、自分が中心に立つより、人を支えるほうが好きだったと話しています。
大学で硬式野球部のマネージャーを選んだのも、その性格とつながっています。
アナウンサーになってからも、自分は主役ではないという考えを大切にしていました。
主役はニュースだったり、インタビューを受ける人だったり、番組に出演する人だったりします。
アナウンサーは、それを分かりやすく視聴者へ届ける役割。
そう考えると、大学で選手を支えていた三田さんと、テレビで情報を伝える三田さんは、それほど違わないのかもしれません。
三田友梨佳の学歴についてよくある疑問
ここまで見てくると、三田友梨佳さんの学歴について気になりやすいポイントもかなり整理できます。
大学や高校だけでなく、留学や英語力についても確認しておきましょう。
三田友梨佳の学歴は今の仕事につながっている
三田友梨佳さんの学歴を最初から振り返ってみると、それぞれの経験が今につながっていることがよく分かります。
幼い頃から続けてきた英語は、海外の人と直接コミュニケーションを取る力になりました。
シアトル留学で学んだ「自分の意見を持つこと」は、報道の仕事にもつながっています。
大学で学んだ国際経済は、ニュースを理解する土台になりました。
野球部のマネージャーとして身につけた「相手の立場で考えること」や「先を読むこと」も、番組づくりの中で生かされています。
- 学ぶことを楽しむ
- 興味を持ったら一歩踏み出してみる
- 自分の考えを持つ
- 周りの人を支える
三田友梨佳さんの学歴というと、「幼稚園から青山学院」「海外留学経験」「青山学院大学国際政治経済学部」といった華やかな部分に目が向きやすいです。
でも、本人の学生時代を詳しく見てみると、印象に残るのはむしろ地道な部分です。
放課後に一人で図書館へ行く。
苦手だった人前でのスピーチに挑戦する。
海外で自分の意見を言えず、悔しい思いをする。
大学では長時間の部活動を続けながら勉強する。
そうした小さな経験を重ねた先に、現在知られている三田友梨佳さんの姿があります。
学ぶことを楽しむこと。
興味を持ったら一歩踏み出してみること。
自分の考えを持つこと。
そして、周りの人を支えること。
三田友梨佳さんの学歴をたどっていくと、学校名以上に、そんな姿勢がずっと変わらず続いていることが見えてきます。
