UX新潟テレビ21で活躍している髙橋泉アナ。
落ち着いたニュース読みを見て、「どこの高校や大学を卒業しているんだろう?」「ずっとアナウンサー一筋だったのかな?」と気になった人もいるのではないでしょうか。
髙橋泉アナの学歴で、現在はっきり確認できるのは、新潟県立十日町高等学校から東海大学へ進学したということです。
日刊スポーツの本人取材でも、「津南町出身。十日町高から東海大に進学」と紹介されています。
- 髙橋泉アナの出身高校は新潟県立十日町高等学校
- 出身大学は東海大学
- ネット上の「文化社会学部広報メディア学科卒」には時系列上の注意点がある
- 大学卒業後は羽田空港でグランドスタッフとして勤務
- 社会人になってからアナウンスを学び、放送業界へ進んでいる
ただ、髙橋泉アナの歩みがおもしろいのは、大学を卒業してそのまま放送局に入ったわけではないところです。
大学卒業後は航空会社に就職し、羽田空港でグランドスタッフとして勤務。その後、社会人としてアナウンスを学び、NHK青森放送局、テレビ金沢、NHK千葉放送局などで経験を積んできました。
現在は故郷の新潟に戻り、UX新潟テレビ21の「スーパーJにいがた」でキャスターを務めています。UXの公式プロフィールにも、津南町出身、2024年入社と掲載されています。
そして、学歴について調べると少し気になる情報も出てきます。
一部では「東海大学文化社会学部広報メディア学科卒」と紹介されていますが、東海大学の文化社会学部ができたのは2018年です。
髙橋泉アナはそれより前に社会人になっているため、この学部名をそのまま卒業時の所属として受け取るのは難しそうです。
このあたりも含めて、髙橋泉アナの高校・大学時代からアナウンサーになるまでを順番に見ていきましょう。
髙橋泉アナの学歴は十日町高校から東海大学
髙橋泉アナの学歴については、高校と大学までは本人取材などから確認できます。
一方で、中学校や大学の正式な学部・学科など、公表されていない部分もあります。
まずは、今わかっている内容を整理しておきますね。
- 出身地
-
新潟県津南町
- 出身高校
-
新潟県立十日町高等学校
- 出身大学
-
東海大学
- 大学の学部・学科
-
公開されている一次情報では確定できず
- 出身中学校
-
公表されている学校名は確認できず
学校名だけを見ると、ごくシンプルな学歴に見えます。
ですが、その途中にある学生時代の経験まで追ってみると、今の仕事につながる出来事がいくつもありました。
出身高校は新潟県立十日町高等学校
髙橋泉アナの出身高校は、新潟県立十日町高等学校です。
日刊スポーツの記事でも、「十日町高から東海大に進学」と紹介されています。
髙橋泉アナの出身地は新潟県津南町。
UXの公式プロフィールにも津南町出身とあり、現在は地元・新潟のニュースを伝える立場になっています。
ただし、高校時代の部活動や委員会、当時の成績などについては、詳しい情報は出ていません。
アナウンサーという仕事をしていると「高校では放送部だったのかな?」とも思いますが、そこは確認できていないため、決めつけないほうがよさそうです。
その一方で、学生時代にはすでにアナウンサーという仕事を意識する出来事がありました。
学生時代に見た野崎島のリポートがきっかけ
髙橋泉アナがアナウンサーを目指すようになったきっかけは、学生時代にテレビで見た長崎県の野崎島のリポートでした。
日刊スポーツのインタビューによると、秘境のような土地がとても魅力的に紹介されていて、「行ってみたい」と感じたそうです。
そして髙橋泉アナは、思っただけでは終わりませんでした。
実際に野崎島へ足を運んでいます。
テレビを見て興味を持つだけではなく、本当にその場所へ行ってみる。学生時代から「気になったら自分の目で確かめたい」という行動力があったことが伝わるエピソードです。
テレビを見て興味を持つ人はたくさんいます。
でも、「気になるから本当に行ってみよう」と行動に移せる人は、それほど多くないかもしれません。
髙橋泉アナ自身も、そのテレビ番組に行動したくなるほど影響を受けたことが、今の仕事の土台にあると話しています。
現在、地域に出て人や文化を取材している姿を見ると、この頃から「自分の目で見て確かめたい」という気持ちが強かったのかな、と感じます。
高校時代の部活や詳しい学校生活は公表されていない
十日町高校出身ということは確認できますが、高校生活の細かな部分まではわかっていません。
- 新潟県津南町で育った
- 新潟県立十日町高等学校へ進学した
- 学生時代からアナウンサーという仕事に興味を持っていた
- テレビで知った野崎島へ実際に足を運んだ
- 高校時代の部活動や学校内での活動は公表されていない
情報がない部分まで無理に想像するよりも、本人が実際に話しているエピソードを見たほうが、髙橋泉アナらしさは伝わってきます。
特に野崎島の話からは、好奇心が強く、気になったことには自分から近づいていくタイプだったことがうかがえます。
髙橋泉アナの大学は東海大学
十日町高校を卒業した髙橋泉アナは、東海大学へ進学しました。
こちらも日刊スポーツの本人取材で確認できます。
ただ、大学について調べていくと、「文化社会学部広報メディア学科」という情報を目にすることがあります。
この部分は少し整理して見たほうがよさそうです。
東海大学を卒業したことは確認できる
髙橋泉アナが東海大学へ進学したことは確認できます。
大学卒業後には航空会社で働いているため、大学を出てから一度社会人として別の業界へ進み、その後放送の世界に入ったことになります。
アナウンサーというと、大学時代にアナウンススクールへ通い、そのまま新卒で放送局に入るイメージもありますよね。
髙橋泉アナの場合は少し違いました。
学生時代にアナウンサーへの憧れは持っていたものの、卒業後にまず選んだのは航空業界です。
この寄り道ともいえる社会人経験が、後の仕事にもつながっていきます。
「文化社会学部広報メディア学科卒」という情報には注意
ネット上で見かける「東海大学文化社会学部広報メディア学科卒」という表記は、そのまま確定情報として扱わないほうがよさそうです。
髙橋泉アナについて調べると、「東海大学文化社会学部広報メディア学科卒」と書かれているサイトがあります。
ただ、ここには時系列のズレがあります。
東海大学の公式発表によると、文化社会学部が開設されたのは2018年4月です。
文化社会学部は文学部を母体として新設され、広報メディア学科を含む6学科でスタートしました。
一方、髙橋泉アナは2016年にはNHK青森放送局でキャスターとして活動していたとされています。
つまり、髙橋泉アナが大学を卒業したのは、文化社会学部ができるより前です。
そのため、「文化社会学部卒」とする説明は、そのままでは時系列が合いません。
広報メディア学科は以前から文学部にあった
では、「広報メディア学科」という部分も間違っているのでしょうか。
ここは少し事情が違います。
東海大学の公式情報によると、2018年の改組以前から広報メディア学科は存在していました。
当時は文学部広報メディア学科で、2018年4月の改組後に文化社会学部を構成する学科になっています。
現在確認できる範囲では、「東海大学卒」は確定情報。一方で、卒業した学部・学科については本人や所属局などによる一次情報を確認できないため、断定しないのが自然です。
そのため、仮に髙橋泉アナが広報メディア学科で学んでいたという情報が正しければ、在学当時は文学部だった可能性があります。
ただし、髙橋泉アナ本人やUX、東海大学などが「文学部広報メディア学科卒」と明記した資料までは確認できません。
なので現時点では、「東海大学卒業までは確認できるものの、学部・学科は断定できない」と考えておくのが自然でしょう。
ネット上で同じ情報が何度も出てくると確定事項のように見えてしまいますが、大学の改組時期まで確認すると少し違った見え方になりますね。
大学時代から好奇心の強さが見えていた
髙橋泉アナの大学生活について、授業やゼミ、サークルなど詳しい情報はほとんど公表されていません。
ただ、学生時代のエピソードはいくつか知られています。
そこから見えてくるのは、いろいろなことを実際に経験してみたいという好奇心の強さです。
学生時代にはさまざまなアルバイトを経験
過去に紹介された本人の「30の質問」の内容によると、髙橋泉アナは学生時代、入れ替わりながら10種類ほどのアルバイトを経験したとされています。
一つのアルバイトだけではなく、かなり幅広く経験していたようですね。
大学時代は、将来の仕事をまだ一つに決めきれない人も多い時期です。
髙橋泉アナも、いろいろな場所で働きながら、人と接したり、違う仕事を知ったりしていたのかもしれません。
後に航空会社、放送局、玩具メーカーなど複数の業界を経験することを考えると、学生時代から新しい環境へ入ることにあまり抵抗がなかったようにも見えます。
宝くじ売り場でのアルバイトという意外な経験も
学生時代には、宝くじ売り場でもアルバイトをしていたと紹介されています。
さらに、自分で購入した宝くじが当たり、そのお金を使って友人とグアムへ卒業旅行に行ったというエピソードもあるようです。
ちょっとした運の強さを感じる話ですよね。
こうした学生らしいエピソードがある一方で、テレビのリポートを見て遠く離れた野崎島へ実際に出かけるなど、かなり行動的な面もありました。
大学時代は、勉強だけではなく、人や場所、仕事に触れながら自分の世界を広げていった時期だったのかもしれません。
大学卒業後は羽田空港のグランドスタッフに
髙橋泉アナの経歴で特に気になるのが、大学卒業後の進路です。
学生時代からアナウンサーに興味を持っていたものの、最初に選んだ仕事は放送局ではありませんでした。
大学卒業後は航空会社に入り、羽田空港でグランドスタッフとして働いています。
最初の就職先は航空業界だった
なぜ最初に航空業界を選んだのか、詳しい理由までは公表されていません。
そのため、「アナウンサー試験に落ちたから」「一度夢を諦めたから」と考えるのは少し早そうです。
わかっているのは、東海大学を卒業した後、羽田空港でグランドスタッフとして働いたこと。
そして、その後に改めてアナウンサーを目指したという流れです。
現在も飛行機が好きで、UX公式プロフィールでは「尾翼を見れば航空会社がわかります」と紹介されています。グランドスタッフ時代の経験が、今も髙橋泉アナの好きなものとして残っているんですね。
グランドスタッフの経験は今の仕事にもつながっている
グランドスタッフは、多くの利用客と直接接する仕事です。
状況を見ながら案内をしたり、限られた時間の中で必要な情報を伝えたりする場面も多いでしょう。
アナウンサーとは違う仕事ですが、「相手に伝える」というところには共通点があります。
さらに髙橋泉アナは、その後も放送業界だけで働いてきたわけではありません。
フリーアナウンサーをしながら玩具メーカーで働いた経験もあり、本人は異業種で働いたことで「放送とは違う大変さ」を知ることができたという趣旨の話をしています。
こうした経験が、今のニュースの見方にも影響しているようです。
社会人になって東京アナウンスセミナーでも学んでいた
グランドスタッフからアナウンサーへ。
この間に、どんな準備をしていたのか気になるところですよね。
その手がかりになるのが、東京アナウンスセミナーの卒業生情報です。
卒業生一覧に「高橋泉(社会人)」の名前
東京アナウンスセミナーの公式サイトには、全国で活躍している卒業生が掲載されています。
その中に、テレビ金沢の卒業生として「高橋 泉(社会人)」の名前があります。
さらにNHK青森放送局の欄にも、同じ「高橋 泉(社会人)」という名前が確認できます。
NHK青森、テレビ金沢という経歴まで一致していることから、髙橋泉アナが社会人として東京アナウンスセミナーで学んだことが確認できます。
大学を卒業したところで学びが終わったわけではなく、社会人になってから、アナウンサーという目標に近づくために専門的な学びを続けていたことがわかります。
グランドスタッフを経験してからアナウンサーへ
ただし、東京アナウンスセミナーへ通った正確な時期までは確認できません。
航空会社で働きながら通っていたのか、退職した後だったのかについても、公表されている資料だけではわからない状態です。
そのため、細かな時系列までは決めつけないほうがよさそうです。
確実に確認できる流れを整理すると、次のようになります。
十日町高校から東海大学へ進学
新潟県津南町で育ち、十日町高校を経て東海大学へ進みます。
学生時代にアナウンサーへ興味
テレビで野崎島のリポートを見たことが、大きなきっかけになりました。
大学卒業後は羽田空港へ
航空会社に入り、グランドスタッフとして働きます。
社会人としてアナウンスを学ぶ
東京アナウンスセミナーの卒業生一覧に「高橋 泉(社会人)」と掲載されています。
NHK青森で放送の仕事をスタート
キャスターや旅リポーターなどを担当します。
テレビ金沢、NHK千葉へ
地域を変えながらニュースやリポートの経験を積みます。
2024年にUX新潟テレビ21へ
故郷の新潟に戻り、アナウンサーとして新たなスタートを切りました。
学生時代から目標を持ちながらも、大学卒業後すぐに夢が形になったわけではありません。
一度社会に出てから、必要なことを学び直して放送の世界へ進んだところに、髙橋泉アナらしい粘り強さも感じます。
NHK青森でアナウンサーとしてのキャリアをスタート
髙橋泉アナは2016年からNHK青森放送局で契約キャスターとして活動しています。
「あっぷるワイド」のリポーターや「ウィークエンド東北」の旅リポーターなどを担当しました。
学生時代にテレビのリポートを見て心を動かされた髙橋泉アナが、今度は自分自身で地域を取材し、視聴者へ伝える側になったわけです。
旅リポーターという原点につながる仕事
髙橋泉アナがアナウンサーを目指したきっかけは、野崎島を紹介するテレビのリポートでした。
その後、NHK青森では実際に旅リポーターを担当しています。
この流れはどこか印象的ですよね。
知らなかった土地を魅力的に伝えてくれたテレビに憧れ、今度は自分が地域の魅力を伝える仕事に就いた。
当時の髙橋泉アナにとって、思い描いていた仕事の一つが形になった時期だったのではないでしょうか。
テレビ金沢ではニュースキャスターとして経験を積む
NHK青森で経験を積んだ後、髙橋泉アナはテレビ金沢へ移っています。
公開プロフィールでは、「となりのテレ金ちゃん」のニュースキャスターなどを担当したことが紹介されています。
青森ではリポートを中心に経験し、石川ではニュースキャスターとしての仕事も重ねていきました。
現在の落ち着いたニュース読みだけを見ると、ずっと報道一筋だったようにも感じます。
ですが実際には、旅リポートから情報番組、ニュースまでかなり幅広く経験しています。
硬いニュースだけではなく、地域の魅力や日常の話題も伝えてきたことが、現在の対応力につながっていそうですね。
NHK千葉ではキャスター・リポーターとして活動
テレビ金沢を離れた後は、2022年からNHK千葉放送局でキャスターとして活動しました。
公開されている経歴では「おはよう日本」や「花ラジ千葉」などへの出演歴が紹介されています。
青森、石川、千葉。
それぞれ文化も暮らし方も違う地域です。
地域に密着したニュースを伝えるには、まず自分自身がその土地を知る必要があります。
何度も新しい場所へ入り、人と出会いながら仕事をしてきた経験は、現在の新潟での取材にもつながっているのではないでしょうか。
フリーアナウンサーと玩具メーカー勤務も経験
NHK千葉での活動後も、髙橋泉アナはアナウンサーだけをしていたわけではありません。
日刊スポーツの取材では、フリーアナウンサーとして活動しながら玩具メーカーで働いた経験もあることが紹介されています。
この経歴は、髙橋泉アナの人物像を知るうえでかなり大きなポイントです。
イベントMCなど放送以外の仕事も経験
イベント司会者としてのプロフィールを見ると、テレビだけではなく、さまざまなイベントでMCを担当していたことがわかります。
大河ドラマ関連のトークショーやファンミーティング、NHK全国学校音楽コンクール、高校サッカーの場内アナウンスなど、かなり幅広い仕事を経験しています。
テレビのスタジオとは違い、イベントでは目の前にお客さんがいます。
その場の空気を見ながら進める必要もありますよね。
ニュースを正確に読む力だけでなく、人と人の間をつなぐ話し方も磨いてきたことがうかがえます。
異業種経験がニュースを見る視点につながった
さらに興味深いのが、玩具メーカーで働いた経験です。
髙橋泉アナ本人は、異業種で働いたことについて、放送とは違う仕事の大変さも知っていると話しています。
そのうえで、物事を見るときには視点が偏らないよう気を配っているそうです。
グランドスタッフや玩具メーカーでの経験は、一見するとアナウンサーとは離れて見えます。でも、さまざまな立場で働いたことが、ニュースに登場する人たちの暮らしや仕事を想像する力につながっているようです。
グランドスタッフも玩具メーカーも、アナウンサーとはまったく違う世界です。
一見すると遠回りに見えるかもしれません。
でも髙橋泉アナ自身は、その経験を今の仕事に生かしています。
2024年にUX新潟テレビ21へ入社
各地で経験を積んだ髙橋泉アナは、2024年7月にUX新潟テレビ21へ入社しました。
出身地である新潟県に戻ってきたことになります。
UX公式プロフィールにも入社年は2024年と掲載されています。
青森、石川、千葉と各地を回ったあと、故郷でニュースを伝える。
学歴から現在までを追ってくると、この新潟への帰郷にも少し特別なものを感じます。
「スーパーJにいがた」のキャスターに
2025年4月からは、夕方のニュース番組「スーパーJにいがた」のキャスターを担当しています。
日刊スポーツによると、小千谷市出身の岡拓哉アナとともに、番組では初めてとなる新潟県出身者同士のキャスターコンビになりました。
2026年現在も、UXの「スーパーJにいがた」公式ページに髙橋泉アナの名前が掲載されています。
本人はキャスターという仕事について、最終的に責任を持って言葉にする役割だと話しています。
プレッシャーを感じながらも、やりがいのある仕事として向き合っているようです。
故郷だからこそ知らないこともある
髙橋泉アナは、新潟県出身だからといって「地元のことは全部わかっている」と考えているわけではありません。
UXの公式プロフィールでは、新潟へ帰ってきた後も、取材を通して初めて知ることがたくさんあると話しています。
食、風景、文化など、新潟のさまざまな魅力を日々感じているそうです。
この姿勢は、学生時代の野崎島の話ともよく似ています。
知らないものがあれば、自分で行ってみる。
地元であっても、わかったつもりにならずに取材する。
学生の頃から持っていた好奇心が、現在の仕事でも変わらず残っているように見えます。
髙橋泉アナの学歴と経歴から見える性格
学歴や職歴を一つずつ見るだけでは、「十日町高校から東海大学へ進んだアナウンサー」で終わってしまいます。
でも、その間にあった出来事までつなげてみると、髙橋泉アナがどんな人なのかも少し見えてきます。
特に感じるのは、行動力と柔軟さです。
気になったら自分で確かめに行く
やはり象徴的なのは、学生時代の野崎島でしょう。
テレビで見て気になった場所へ、本当に足を運んでいます。
そして現在も、自分で取材現場へ出ることを大切にしています。
興味を持っただけで終わらず、自分の目で見て、人の話を聞いてみる。
これはリポーターにとって、とても自然な強みになっているのではないでしょうか。
一つの道にこだわらない柔軟さ
髙橋泉アナの経歴は、かなり変化があります。
大学卒業後は航空会社。
その後はアナウンスを学び、NHK青森、テレビ金沢、NHK千葉へ。
さらにフリーアナウンサーとして活動しながら、玩具メーカーでも働いていました。
そして現在は、新潟のテレビ局でニュースキャスターをしています。
決して最短距離を進んできたわけではありません。
でも、そのときどきの経験を次につなげています。
「遠回りしなかった人」というよりも、遠回りも含めて自分の強みにしてきた人。髙橋泉アナの経歴には、そんな印象があります。
放送以外の仕事を知っていることが今の強みに
アナウンサーとしてニュースを伝える立場になると、自分の言葉が多くの人に届きます。
だからこそ、一つの視点だけで物事を見ないことも大切になってきます。
髙橋泉アナは、異業種で働いた経験があるからこそ、放送の仕事とは違う大変さがあることも知っていると語っています。
学生時代のアルバイト、グランドスタッフ、玩具メーカー。
一見するとバラバラに見える経験ですが、いろいろな働き方を知ったことが、現在のニュースの見方につながっているんですね。
髙橋泉アナの学歴・経歴を時系列で整理
ここまでの歩みを時系列で見ると、アナウンサーになるまでの流れがよりわかりやすくなります。
十日町高校・東海大学
野崎島のリポートを見たことをきっかけに、アナウンサーという仕事へ興味を持ちます。
羽田空港でグランドスタッフ
航空会社へ就職し、放送とは異なる業界で社会人経験を積みます。
東京アナウンスセミナー
社会人としてアナウンスを学んだことが卒業生一覧から確認できます。
NHK青森
キャスターや旅リポーターなどを担当します。
テレビ金沢
アナウンサーとしてニュースキャスターなどを担当します。
NHK千葉
キャスター・リポーターとして地域の情報を伝えます。
フリーアナウンサー・玩具メーカー
イベント司会などを続けながら、異業種で働く経験も重ねます。
UX新潟テレビ21
故郷の新潟へ戻り、2025年から「スーパーJにいがた」のキャスターを担当します。
こうして並べると、大学を卒業してから現在まで、経験の幅がかなり広いことがわかります。
特に「社会人になってからアナウンスを学んだ」というところは、髙橋泉アナの経歴の中でも大きなポイントではないでしょうか。
髙橋泉アナのプロフィール
最後に、学歴とあわせて現在確認できるプロフィールもまとめておきます。
学校名だけではなく、これまでの仕事や現在の活動まで見ると、髙橋泉アナがどんな道を歩んできたのかがよくわかります。
- 名前
-
髙橋泉
- 出身地
-
新潟県津南町
- 誕生日
-
3月20日
- 出身高校
-
新潟県立十日町高等学校
- 出身大学
-
東海大学
- 前職
-
羽田空港のグランドスタッフなど
- 主な放送歴
-
NHK青森放送局、テレビ金沢、NHK千葉放送局、UX新潟テレビ21
- 資格
-
防災士
- 趣味
-
音楽、アニメ、ドラマ鑑賞、飛行機を見ること、読書など
- 現在の主な担当
-
「スーパーJにいがた」
UX公式プロフィールでは、飛行機について「尾翼を見れば航空会社がわかる」と紹介されるほどの飛行機好きです。
また、司会者プロフィールでは防災士の資格や、美容部員の経験があることも紹介されています。
いろいろな経験を持っているところも、髙橋泉アナのプロフィールのおもしろさですね。
髙橋泉アナの学歴は「十日町高校から東海大学」が確認できる
髙橋泉アナの学歴について、現在確認できる答えは、新潟県立十日町高等学校から東海大学へ進学したというものです。
髙橋泉アナの学歴で確認できるポイント
- 出身高校は新潟県立十日町高等学校
- 出身大学は東海大学
- 大学の学部・学科については一次情報で確定できない
- 「文化社会学部卒」という表記は開設時期と経歴が合わない
一方、「東海大学文化社会学部広報メディア学科卒」という情報は、そのまま受け取らないほうがよさそうです。
文化社会学部が開設されたのは2018年4月。
それより前に髙橋泉アナは社会人として活動しているため、少なくとも「文化社会学部卒」という表記には時系列上のズレがあります。
広報メディア学科自体は以前から文学部にありましたが、本人の正式な卒業学科を確認できる一次情報は見つかっていません。
そのため、現時点では「東海大学卒」までを確定情報として見るのがよさそうです。
そして髙橋泉アナの歩みを見ていると、学校名以上に印象に残るのが、その後の経験です。
学生時代には、テレビで見た野崎島に興味を持ち、本当に現地へ行きました。
大学を卒業すると羽田空港でグランドスタッフとして働き、その後は社会人としてアナウンスを学び、放送の世界へ。
NHK青森、テレビ金沢、NHK千葉と地域を移りながら経験を積み、フリーアナウンサーや玩具メーカーでの仕事も経験しました。
そして2024年、故郷の新潟へ戻っています。
現在は「スーパーJにいがた」のキャスターとして、地元のニュースを伝える毎日です。
髙橋泉アナ自身は、異業種で働いてきた経験があるからこそ、視点が偏らないようにしたいと話しています。
グランドスタッフも、玩具メーカーでの仕事も、一見するとアナウンサーとは関係がないように見えるかもしれません。
でも、いろいろな立場で働いた経験が、人の暮らしや仕事を伝える現在のキャスター業につながっています。
学生時代にテレビのリポートを見て「自分も行ってみたい」と感じた髙橋泉アナ。
今は自分自身が新潟のさまざまな場所へ出かけ、そこで見たものや聞いたことを視聴者へ届ける側になりました。
十日町高校から東海大学へ進んだ学歴だけでなく、その後に選んだ一つひとつの道まで見ていくと、現在の髙橋泉アナらしい伝え方が、少しずつ作られてきたことがわかりますね。
