BSN新潟放送でテレビやラジオに出演している大塩綾子さん。
落ち着いたニュースの伝え方や、ラジオで見せる親しみやすい雰囲気から、「どんな学生時代を過ごしてきた人なんだろう」「出身高校や大学はどこ?」と気になった人もいるかもしれません。
大塩さんの学歴をたどってみると、今の仕事からは少し意外な学生生活が見えてきます。
- 出身中学校は燕市立吉田中学校
- 出身高校は新潟県立新潟商業高等学校
- 大学は新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程
- 6歳から大学まで剣道を続け、全国大会でも活躍
- 大学卒業後はBSN新潟放送へ入り、ラジオディレクターを経てアナウンスの仕事へ
学生時代の中心にあったのは放送やアナウンスではなく、6歳から大学まで続けていた剣道でした。新潟県剣道連盟の会報でも、この学歴と長い剣道歴が紹介されています。
高校では全国大会で上位に入り、大学でも剣道部で活躍しました。
さらに新潟大学では、健康やスポーツについて学ぶだけでなく、自律神経活動とストレス軽減に関する卒業研究にも取り組んでいます。
大学卒業後はBSN新潟放送へ入社しますが、最初からアナウンサーだったわけでもありません。
ラジオディレクターとして番組を作る側を経験したあと、2020年にアナウンス部へ異動。そこから現在のキャリアが始まっています。
学校名だけを見るのではなく、その時々で何を経験してきたのかまで追っていくと、大塩綾子さんの今の姿がぐっとわかりやすくなってきます。
大塩綾子の学歴を一覧で確認
まずは、大塩綾子さんの学歴をわかりやすく整理しておきましょう。
信頼できる公開資料で確認できる出身校は、燕市立吉田中学校、新潟県立新潟商業高等学校、新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程です。
| 学校段階 | 出身校 | 学生時代の主な出来事 |
|---|---|---|
| 中学校 | 燕市立吉田中学校 | 剣道で県大会・北信越大会の団体戦準優勝 |
| 高校 | 新潟県立新潟商業高等学校 | 全国高校総体団体3位、国体でも上位入賞 |
| 大学 | 新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程 | 剣道部で活躍し、健康分野の卒業研究にも取り組む |
- 燕市吉田で育ち、燕市立吉田中学校へ進学
- 新潟商業高校で全国レベルの剣道を経験
- 新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程へ進学
- 大学でも剣道を続け、全国大会や北信越大会に出場
- 卒業研究では自律神経活動とストレス軽減について研究
こうして見ると、学生時代からアナウンサーになる準備をしていたわけではないことがわかります。
むしろ大塩さんの場合は、剣道と健康・スポーツへの関心がずっと学生生活の中心にありました。
その二つが、のちに「情報を伝える仕事」に興味を持つきっかけにもなっていきます。
出身小学校は公表されている?
大塩さんはBSNの公式プロフィールで、新潟県燕市吉田の出身と紹介されています。
出身小学校については、本人や所属先が学校名を明らかにした確かな資料は確認できません。
地元から学校名を推測することはできますが、それだけで特定の小学校を出身校と断定するのは難しいところです。
小学校名そのものはわかっていませんが、この頃にはすでに剣道との付き合いが始まっていました。
本人によると、剣道を始めたのは6歳の頃です。
きっかけは兄でした。兄が通っていた剣道について行ったことから始まり、そのまま大学時代まで続けています。
今の大塩さんを知るうえでは、小学校名よりも、この6歳から始めた剣道のほうがずっと大きな意味を持っていそうですね。
大塩綾子の出身中学校は燕市立吉田中学校
大塩綾子さんの出身中学校は、燕市立吉田中学校です。
日刊スポーツのプロフィールでも、吉田中学校3年時の剣道成績が紹介されています。
中学時代には、すでに新潟県内だけでなく北信越でも上位に入る選手になっていました。
この頃の実績を見ると、高校で全国大会を目指すようになるまでの土台が、中学校時代にはかなりできあがっていたことがわかります。
中学3年で県大会と北信越大会の団体戦準優勝
大塩さんは吉田中学校3年生の時、剣道の県大会と北信越大会で団体戦準優勝を経験しています。
6歳から剣道を始めているので、この頃にはすでに9年ほど競技を続けていたことになります。
中学校の部活動として楽しんでいたというより、本格的に上の大会を目指して取り組んでいた選手だったことが伝わってきます。
ただ、今の大塩さんの姿から「昔から人前に出ることが好きなタイプだったのかな」と想像すると、少し違うようです。
BSNの公式プロフィールでは、もともと人前で話すことが苦手だったと本人が明かしています。
そう考えると、中学生の頃の大塩さんは、話すことで自分を表現するというより、剣道に打ち込みながら自分自身と向き合っていたのかもしれません。
現在は多くの人に向けて言葉を届ける仕事をしていますが、その姿は最初から決まっていたわけではなかったんですね。
大塩綾子の出身高校は新潟商業高校
中学校を卒業した大塩さんが進学したのは、新潟県立新潟商業高等学校です。
高校でも剣道を続け、ここから全国大会で名前を残すようになっていきます。
日刊スポーツによると、高校1年生から団体戦の登録メンバーに入り、3年間にわたって全国高校総体の団体戦へ出場しました。
高校1年生から全国を目指すメンバーに
新潟商業高校の剣道部は、全国大会を目指して活動する強豪チームでした。
その中で大塩さんは、1年生の時から団体戦の登録メンバーに入っています。
- 高校1年生から団体戦の登録メンバー入り
- 全国高校総体の団体戦に3年連続出場
- 高校2年時に全国高校総体団体戦で3位
- 高校2年、3年時に少年女子新潟県選抜メンバー入り
- 国民体育大会で2年連続3位
高校生活は、かなり剣道中心だったようです。
日刊スポーツでは、週末ごとに遠征を繰り返すような「ほぼ剣道漬け」の生活だったことも紹介されています。
ここまで続けるには、技術だけではなく体力や集中力も必要だったはずです。
今の落ち着いた雰囲気からは少し意外ですが、大塩さんは学生時代からかなり本格的なアスリートでした。
全国高校剣道選抜大会では優秀選手に
高校時代の実力がよくわかる記録の一つが、全国高校剣道選抜大会です。
全日本剣道連盟が公開している第21回全国高等学校剣道選抜大会の記録には、女子の優秀選手として、新潟商業高校の大塩綾子さんの名前が掲載されています。
ただ全国大会に出場しただけではなく、個人として優秀選手に選ばれていたわけですね。
2012年のBSN高等学校剣道選手権大会では、女子個人戦で優勝もしています。
この大会では新潟商業が男女の団体戦を制し、大塩さん自身も女子個人戦の頂点に立ちました。
ここは、現在の仕事とのつながりを考えると少しおもしろいところです。
高校生の大塩さんが選手として出場していたのは、現在勤務しているBSNの名前が付いた大会でした。
後になって本人は、BSNを志望した理由の一つとして、同社が剣道の公式大会を主催していることを挙げています。
学生時代に関わっていた大会と、社会人になってからの勤務先がつながっていったことになります。
高校時代の一戦が「弱気な自分」を変えた
高校時代には、成績以上に大塩さん自身の考え方を変えた試合もありました。
新潟県剣道連盟のインタビューで本人が印象に残っている試合として語っているのが、高校1年生の全国選抜大会での一戦です。
当時、大塩さんは中堅として出場していました。
先鋒と次鋒が敗れ、後がない状況で自分の番が回ってきます。
しかも、その頃は自分自身の調子もよくなく、なかなか勝てない時期だったそうです。
そんな中でも面を一本決め、それを守って次の選手へつなぎました。
その後、副将と大将が勝ち、チームは逆転しています。
本人にとっては、この試合が弱気だった自分から一歩抜け出すきっかけになったようです。
今の仕事にも、少し重なるところがあります。
アナウンサーへの異動を告げられた時も、大塩さんは経験があるから挑戦したわけではありません。
むしろ人前で話すことは苦手で、アナウンス学校に通った経験もありませんでした。
それでも「新しい自分に出会ってみたい」と考え、新しい仕事を受け入れています。
高校時代の剣道と、社会人になってからのアナウンサー転身。
まったく違う出来事ですが、不安があっても前に出てみるところは、どこか似ていますね。
大塩綾子の大学は新潟大学教育学部
高校卒業後、大塩綾子さんは新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程へ進学しました。
高校まで本格的に剣道を続けてきた大塩さんにとって、健康やスポーツを専門的に学ぶ進路は自然な選択だったのかもしれません。
大学でも剣道をやめることはなく、引き続き競技を続けています。
大学でも全国レベルで剣道を続けた
大学に進んだ大塩さんは、新潟大学剣道部でも活躍しました。
日刊スポーツによると、北信越大学リーグで団体4連覇を経験し、4年連続で団体戦のインカレにも出場しています。
大学生活でも剣道は大きな存在だったことがわかります。
さらに新潟大学は、平成29年度の学友会表彰で大塩さんを表彰しています。
理由として挙げられているのは、剣道部の北信越女子学生剣道優勝大会4連覇に選手として貢献したことなどでした。
大学に入ってから競技を続けるだけでも簡単ではありません。
授業や研究と並行しながら、大会に向けた練習を続ける必要があります。
その中で4年間にわたって結果を残したことを考えると、大塩さんの粘り強さがよく伝わってきます。
大学生活は剣道だけではなかった
学生時代の大塩さんというと、どうしても剣道の実績に目が向きます。
ただ、新潟大学では健康スポーツ科学課程で学び、卒業研究にもきちんと取り組んでいました。
この研究内容を知ると、「新潟大学で何を学んでいたの?」という疑問にも、学校名だけではない答えが見えてきます。
大塩綾子の卒業研究はストレス軽減がテーマ
新潟大学の村山研究室には、卒業生と研究テーマの記録が残されています。
そこには平成29年度の学部卒業生として大塩綾子さんの名前があり、卒業研究のテーマも確認できます。
卒業研究のテーマは「自律神経活動に着目したアロマテラピーを使用したストレス軽減効果の検討」でした。
健康についてかなり具体的に学んでいた
研究タイトルだけ見ると少し難しく感じるかもしれません。
簡単に見ると、アロマテラピーがストレスをやわらげる働きを持つのかを、自律神経の活動にも注目しながら検討した研究です。
つまり、「なんとなく香りで落ち着く」という感覚だけではなく、体の反応にも目を向けながら考えていたことになります。
剣道の印象が強い大塩さんですが、大学では健康についてかなり具体的に学んでいたことがわかります。
研究室の記録では平成29年度卒業となっているので、一般的な年度区分では2018年3月に卒業した時期に当たります。
そして、この大学での学びは卒業後の進路ともつながっています。
「健康について発信したい」がBSNを選んだ理由の一つ
大塩さんは、BSNへの入社理由について本人のインタビューで話しています。
理由は主に二つありました。
- BSNが剣道の公式大会を主催している会社だったこと
- 新潟大学で健康スポーツ科学を学び、健康について発信したいと思ったこと
大学で学んだ内容と、卒業研究のテーマを合わせて考えると、この言葉にも納得しやすくなります。
大塩さんの場合、「大学ではスポーツを学んだけれど、卒業後はまったく関係のない放送局へ進んだ」というわけではありません。
剣道を長く続けてきた経験と、大学で学んだ健康への関心。
その両方を生かせる場所を考えた時に、BSNという選択肢が浮かんできたようです。
一見すると「教育学部から放送局」という少し意外な進路ですが、本人の中ではきちんとつながっていたんですね。
大学4年時の経験が大塩綾子の考え方を変えた
大学時代には、競技や研究だけではなく、大塩さんの価値観に大きく影響した出来事もありました。
本人は新潟県剣道連盟のインタビューで、大学4年生の時に父親を亡くした経験について語っています。
この経験が、現在も大切にしている「当たり前のことに感謝」という考え方につながっています。
「当たり前のことに感謝」という座右の銘
BSNの公式プロフィールを見ると、大塩さんは座右の銘の一つに「当たり前のことに感謝」を挙げています。
この言葉だけを見ると、よくある前向きな言葉のようにも見えます。
ただ、本人の話を知ると少し印象が変わります。
長く剣道を続ける中で、自分一人の力だけでは何もできず、家族や仲間、指導者に支えられてきたことを感じるようになったそうです。
さらに大学4年時に父親を亡くしたことで、それまで普通だと思っていた日々が決して当たり前ではないと気づいたと振り返っています。
学生生活の終わりに経験した大きな出来事が、その後の生き方にも残っているのでしょう。
現在のプロフィールでも、この言葉を変わらず大切にしているところを見ると、大塩さんにとってかなり深い意味を持つ言葉なのだと思います。
新潟大学卒業後はBSN新潟放送へ入社
新潟大学を卒業した大塩さんは、地元新潟のBSN新潟放送へ入社しました。
ここでも少し意外なのが、最初からアナウンサーになったわけではないところです。
本人のインタビューや当時の記事を見ると、むしろアナウンサーになるとは想像していなかったようです。
入社後の2年間はラジオディレクター
BSN入社後、大塩さんが最初に担当したのはラジオ番組の制作でした。
入社から約2年間はラジオディレクターとして働き、「近藤丈靖の独占ごきげんアワー」などの番組に携わっています。
本人のインタビューによると、原稿作成や取材、番組の進行など、裏方として幅広い仕事を経験していました。
新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程を卒業
BSN新潟放送へ入社
約2年間、ラジオディレクターとして番組制作を担当
2020年4月にアナウンス部へ異動
発音や発声、ニュース読みを一から学ぶ
現在はニュースやラジオ番組を担当
最初から人前に出る仕事だったわけではないんですね。
ただ、制作側を経験したことは、結果として今の仕事にもプラスになっているのではないでしょうか。
番組がどうやって作られているのか、スタッフがどんな思いで準備しているのかを知っていることは、出演する立場になってからも大きな財産になりそうです。
大塩綾子はもともとアナウンサー志望ではなかった
今の姿だけを見ると、学生時代からアナウンサーを目指していたようにも見えます。
ところが実際には、まったく違いました。
本人は、人前で話すことがもともと得意ではなかったと話しています。
アナウンス学校に通った経験もなく、BSNに入社した時も、アナウンサーになるとは思っていなかったそうです。
2020年4月に突然アナウンス部へ
転機になったのは2020年4月です。
ラジオディレクターとして働いていた大塩さんに、アナウンス部への異動が決まりました。
本人によると、こうした異動は当時初めてのケースだったそうで、自分自身が一番驚いたと振り返っています。
まったく経験のない仕事への転身なので、不安もあったはずです。
それでも大塩さんは、「こんな機会はない」「新しい自分に出会ってみたい」と考えました。
異動後は先輩アナウンサーから発音や発声を学び、自宅でもニュース読みを練習しています。
ここにも、学生時代から続く大塩さんらしさが見えます。
最初からできることだけを選ぶのではなく、必要になったら一から覚える。
剣道で何年も練習を積み重ねてきた経験が、仕事を覚える時にも自然に生きたのかもしれません。
アナウンサーとしてのデビューも予想外だった
アナウンサーとしての最初の仕事も、少し変わった形でした。
本人のインタビューによると、一般的なラジオニュースからのデビューではなく、報道番組の企画取材で「ゆうなび」に出演することになりました。
しかも出演を伝えられたのは本番のかなり直前だったそうです。
初めてのテレビ出演では頭が真っ白になり、緊張し続けていたと本人は振り返っています。
今の落ち着いた姿を見ると少し意外ですね。
こうした経験を積み重ねながら、少しずつ生放送にも慣れていったようです。
大塩綾子の学歴から見えてくる性格や人柄
学歴だけで人の性格を決めることはできません。
ただ、大塩さんの場合は学生時代のエピソードや本人の言葉がかなり残っているので、どんな考え方をする人なのかは少し見えてきます。
特に印象に残るのは、継続力と、苦手なことにも一度挑戦してみる姿勢です。
一つのことを長く続けられる
まずわかりやすいのが、剣道です。
大塩さんは6歳から大学まで剣道を続けています。
学校が変わるたびに環境も変わりますし、高校や大学では全国大会を目指す厳しい練習もありました。
それでも途中でやめずに続けています。
しかも、中学校、高校、大学のそれぞれで結果を残しました。
これはかなりの継続力です。
本人も、社会人になって周囲から「根性がある」「メンタルが強い」と言われることがあるそうです。
その強さには、やはり長年の剣道経験が関係しているのでしょう。
苦手だからこそ挑戦してみる
もう一つ、大塩さんらしさを感じるのが、苦手なことへの向き合い方です。
現在のBSN公式プロフィールでは、この仕事を選んだ理由として、人前で話すことが苦手だったからこそ、苦手分野に挑戦して新しい自分に出会いたかったと紹介されています。
普通に考えると、人前で話すことが苦手なら、アナウンサーはなるべく避けたい仕事かもしれません。
ところが大塩さんは反対でした。
苦手だからこそ、一度やってみる。
高校時代の剣道でも、調子が悪い時にチームの勝敗がかかった場面を任され、逃げずに一本を取りにいきました。
社会人になってからも、未経験のアナウンスへ飛び込んでいます。
「何でも自信満々にできる人」というより、不安があっても必要なら一歩出てみる人。
大塩さんのこれまでを見ていると、そんな人物像のほうが近そうです。
周りの支えを大切にしている
本人のインタビューを読んでいると、周囲への感謝について話すことも多くあります。
剣道も自分一人だけでは続けられず、家族や指導者、仲間の支えがあったからこそ続けてこられたと振り返っています。
アナウンサーになった後のインタビューでも、ずっと新潟にいるからこそ周囲からの応援があり、それが心強いと話していました。
華やかな仕事に見えても、自分一人の力だけでここまで来たとは考えていないようです。
そうした感覚が、「当たり前のことに感謝」という言葉にもつながっているのでしょう。
大塩綾子の学歴と地元新潟とのつながり
大塩綾子さんの経歴を見ていると、もう一つ気づくことがあります。
それは、ずっと新潟とのつながりが深いことです。
燕市吉田で育ち、新潟商業高校へ進学し、新潟大学で学び、卒業後も県内のBSN新潟放送へ入りました。
県外の全国大会には何度も出場していますが、生活や進路の軸はずっと新潟にあります。
現在のBSN公式プロフィールでも、「地元新潟で、自分の発信によって少しでも誰かの役に立ちたい」という思いが紹介されています。
今では燕市PR大使も務めています。
学生時代に育ててもらった地域に、今度は情報を届ける立場で関わっているわけですね。
大塩綾子の現在の活動
2026年現在、BSN公式サイトでは大塩綾子さんはキャスターとして紹介されています。
担当番組として掲載されているのは、「BSN NEWS ゆうなび」と「高橋なんぐの金曜天国」です。
テレビではニュースを伝え、ラジオではもう少しくだけた雰囲気で番組に参加しています。
もともとラジオディレクターだったことを考えると、作る側と出演する側の両方を経験していることになります。
「BSN NEWS ゆうなび」のキャスターを担当
BSNの番組公式ページでは、「BSN NEWS ゆうなび」のキャスターとして大塩綾子さんの名前が掲載されています。
ラジオディレクターからアナウンス部へ移った2020年当時は、まずニュースをしっかり読めるようになることを目標にしていました。
そこから数年がたち、現在は夕方のニュース番組でキャスターを務めています。
デビュー当時に「頭が真っ白になった」と話していた姿から考えると、かなり大きな変化ですね。
学校で自分の経験を伝えることも
2026年9月には、新発田市立川東中学校で出前授業も行っています。
BSNはこの時の大塩さんを、「BSNアナウンサーで『BSN NEWS ゆうなび』キャスター」と紹介しています。
授業のテーマは、「夢や希望に向かって change! chance! challenge!」。
大塩さん自身が、最初からアナウンサーを目指していたわけではありません。
剣道に打ち込んでいた学生が、大学で健康について学び、放送局でディレクターになり、その後に人前で話す仕事へ進みました。
そうした経験を持つ大塩さんだからこそ、「進路は最初から一つに決まっていなくてもいい」ということを、生徒たちにも実感を持って伝えられるのかもしれません。
大塩綾子の学歴で間違えやすいポイント
大塩綾子さんについて調べていると、確かな情報に混じって、推測に近いプロフィールが書かれていることもあります。
学歴については、本人や所属先、学校、競技団体などが公開している情報を中心に見ていくのが安心です。
大学については、新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程で学んだことが確認できます。
| 項目 | 確認状況 | 公開情報からわかること |
|---|---|---|
| 出身中学校 | 確認済み | 燕市立吉田中学校 |
| 出身高校 | 確認済み | 新潟県立新潟商業高等学校 |
| 高校の学科 | 未確認 | 確かな公開資料は見つかっていない |
| 出身大学 | 確認済み | 新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程 |
| 出身小学校 | 未確認 | 燕市吉田出身までは確認できる |
大塩さんの進路は、「大学でアナウンサーになる準備をする」という一直線のものではありませんでした。
健康やスポーツを学ぶ。
その知識を発信したいと思い、BSNに入る。
番組制作を経験する。
そして人事異動をきっかけにアナウンスの仕事へ挑戦する。
少し遠回りにも見えますが、これまでの経験が一つずつ次につながっています。
この流れこそ、大塩綾子さんの学歴や経歴のおもしろいところだと思います。
大塩綾子の学歴まとめ
大塩綾子さんの学歴は、燕市立吉田中学校から新潟県立新潟商業高等学校へ進み、その後、新潟大学教育学部健康スポーツ科学課程を卒業という流れです。
中学時代には県大会と北信越大会の団体戦で準優勝。
新潟商業高校では全国高校総体団体3位を経験し、国体でも2年連続3位に入っています。全国高校剣道選抜大会では優秀選手にも選ばれました。
新潟大学へ進んでからも剣道を続け、北信越女子学生剣道優勝大会4連覇に貢献。
その活躍は大学からも評価され、学友会表彰を受けています。
一方、大学生活は剣道だけではありませんでした。
健康スポーツ科学を学び、卒業研究では「自律神経活動に着目したアロマテラピーを使用したストレス軽減効果の検討」に取り組んでいます。
そして、大学で学んだ健康について発信したいという思いと、長年続けてきた剣道とのつながりからBSN新潟放送へ入りました。
ここまでを見ると、学生時代からアナウンサーを目指して一直線に進んできたようには見えません。
実際、入社後は約2年間ラジオディレクターとして働き、2020年にアナウンス部へ異動しています。
人前で話すことも、もともとは得意ではありませんでした。
それでも新しい仕事を受け入れ、一からアナウンスを学び、現在は「BSN NEWS ゆうなび」のキャスターなどを担当しています。
6歳から続けた剣道で身につけた粘り強さ。
新潟大学で深めた健康への関心。
うまくいかない時でも前に出てみる姿勢。
そして、家族や仲間への感謝を忘れないところ。
学生時代に積み重ねてきたものが少しずつ形を変えながら、今の仕事につながっているんですね。
一見すると遠く離れているように見える「剣道」「健康スポーツ科学」「ラジオディレクター」「キャスター」。
大塩綾子さんの場合は、そのどれか一つが突然始まったのではなく、それまでの経験が次の選択につながっています。
だからこそ、学歴を知ると、現在の大塩さんの落ち着いた伝え方や粘り強さにも、少し違った見え方がしてくるのではないでしょうか。
