BSN新潟放送で活躍している高松みなみアナ。
テレビで見かけて、「大学はどこだったんだろう?」「高校は長岡市内なのかな?」と気になった人もいるかもしれませんね。
高松アナの学歴を調べてみると、現在のBSN公式プロフィールでは、出身大学や高校の名前までは公表されていません。
ただ、本人の発言や大学側に残っている記録、さらにアナウンサースクールの内定実績をたどっていくと、学生時代から現在までの流れはかなり見えてきます。
とくに注目したいのが、昭和女子大学の公式ブログに登場する「高松みなみ」さんです。
2020年当時、グローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科の2年生として、クラス委員を務めていた記録が残っています。
その年代は、高松アナが大学卒業後にNHK帯広でキャスターとして働き始めた時期ともきれいにつながっています。
さらに、フジテレビのアナウンサースクール「アナトレ」の公式サイトでは、高松みなみさんがNHK帯広のキャスターとして内定した記録も確認できます。
大学ではビジネスを学びながら、別の場所でアナウンスの勉強もしていたと考えると、その後のキャリアにも自然につながります。
ここでは、高松みなみアナの大学や高校だけでなく、大学時代の過ごし方やアナトレでの学び、NHK帯広を経てBSNに入るまでの流れまで、順番に見ていきます。
高松みなみの学歴をわかりやすく整理
まずは、高松みなみアナの学歴と経歴をざっくり整理しておきます。
現時点では、すべての学校名が公式に発表されているわけではありません。
そのため、「本人が公表していること」と「複数の記録から可能性が高いと考えられること」は分けて見ていくのがよさそうです。
- 出身地は新潟県長岡市
- 高校までは長岡市で暮らしていたことを本人が公表
- 出身高校の学校名は公表されていない
- 昭和女子大学グローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科に、年代の一致する「高松みなみ」さんの記録がある
- アナトレのアナウンス基礎コースを受講した記録がある
- 2023年にNHK帯広のキャスターとして採用
- 北海道で2年間キャスターとして活動
- 2025年にBSN新潟放送へ入社
こうして並べてみると、高校卒業後に東京で大学生活を送り、その後は北海道へ。
そして社会人3年目に地元・新潟へ戻ってきた流れが見えてきます。
学校名だけではなく、「どんな経験をして放送の仕事へ進んだのか」まで見ると、高松アナの人柄も少しずつ分かってきます。
高松みなみの出身大学は昭和女子大学とみられる
高松みなみアナの学歴で、いちばん気になるのは大学ではないでしょうか。
現在のBSN公式プロフィールには大学名の記載はありません。
ただ、昭和女子大学の公式サイトには、高松アナと年代が一致する「高松みなみ」さんの活動記録が残っています。
出身大学は昭和女子大学である可能性がかなり高いと考えられますが、BSNや本人が現在の公式プロフィールで大学名を明言しているわけではありません。
昭和女子大学の公式ブログに「高松みなみ」さんの名前
昭和女子大学グローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科の公式ブログには、2020年7月に掲載された記事があります。
「2年A組クラス委員の高松みなみ、森本寧々、渡邊萌香です」
大学自身が公開している記事なので、少なくとも2020年当時、ビジネスデザイン学科の2年生に「高松みなみ」さんが在籍していたことは確認できます。
もちろん、同姓同名だけなら別人という可能性もあります。
ただし、時期を見てみるとかなり自然です。
2020年に大学2年生だった場合、一般的な4年制大学の進み方なら、2019年ごろに入学し、2023年ごろに卒業することになります。
そして高松アナは2023年からNHK帯広でキャスターとして活動したとみられています。
本人も、大学卒業後の2年間は北海道の放送局でキャスターとして働いていたと明かしています。
大学側の記録と、その後の職歴がかなりきれいにつながっているんですね。
そのため、「昭和女子大学グローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科の出身である可能性が高い」と見るのが自然だと思います。
ただし、BSNや本人が現在の公式プロフィールで「昭和女子大学卒業」と明言しているわけではありません。
ここは少し慎重に、「可能性が高い」という表現にとどめておくのがよさそうです。
大学入学は2019年ごろ、卒業は2023年ごろとみられる
2020年7月時点で大学2年生だった記録から考えると、入学は2019年ごろだった可能性が高そうです。
通常通り4年間在籍したのであれば、卒業は2023年ごろになります。
この時期は、高松アナがNHK帯広でキャスターとして働き始めた時期とも一致しています。
また、高松アナは2025年にBSNへ入った際、「6年ぶりに地元新潟に戻った」と話しています。
2019年ごろに大学進学で新潟を離れたとすれば、こちらの年数も自然につながります。
入学日や卒業日そのものが公表されているわけではないため、「2019年ごろに大学へ進学し、2023年ごろ卒業したとみられる」くらいの表現が自然です。
ビジネスデザイン学科ではどんなことを学ぶ?
昭和女子大学のビジネスデザイン学科では、経営や経済、マーケティング、英語、国際ビジネスなどを幅広く学びます。
海外で学ぶ機会もあり、ボストン留学は学科の大きな特色のひとつです。
高松さんが大学2年生だった2020年にも、ボストン留学が予定されていました。
アナウンサーを養成する学科ではありませんが、「人に何かを伝える」「チームで動く」「相手の立場を考える」といった経験は、現在の仕事にも重なる部分があります。
そして、高松さんの場合は大学とは別にアナウンサースクールにも通っていました。
大学ではビジネスを学びながら、将来の仕事に向けてアナウンスの勉強も進めていた。
そんな学生生活だった可能性が高そうです。
高松みなみの大学時代はボストン留学の延期を経験
高松みなみアナの大学時代で、とくに印象に残るのが2020年の出来事です。
本来ならボストンへ留学する予定でしたが、当時の社会状況によって延期になりました。
大学生活の予定が大きく変わったわけですが、高松さんはそこで別の役割を引き受けています。
ボストン留学ではウィングリーダーになる予定だった
昭和女子大学の公式ブログによると、高松さんたち2年生はボストン留学を予定していました。
さらに高松さんらは、現地で「ウィングリーダー」を務める予定だったそうです。
ウィングリーダーは、学生寮で周囲の学生を支えたり、まとめたりする役割です。
ところが留学そのものが延期になり、予定していた活動もできなくなりました。
楽しみにしていた海外生活が突然なくなったとすれば、かなり残念だったでしょうね。
それでも、高松さんは別の形でクラスを支える役を引き受けます。
先生から勧められ、クラス委員として活動することになりました。
予定が崩れたときにそのまま立ち止まるのではなく、「今できること」に切り替えているのが印象的です。
クラス委員として学生同士をつないでいた
高松さんらクラス委員は、ホームルームの運営や重要事項の連絡、プレゼンテーションなどを担当していました。
当時は学生同士が直接会う機会も少なく、LINEやメールを使って情報を届けていたそうです。
ところが、一度連絡しただけでは全員に伝わらないこともありました。
そこで、何度か繰り返して知らせたり、伝え方を変えたりしながら工夫していたといいます。
これは、今の高松アナの仕事にもどこか通じる話ですね。
アナウンサーも、ただ原稿を読めばいいわけではありません。
ニュースでも天気でも防災情報でも、「相手にどうすれば伝わるのか」を考える必要があります。
高松さんは大学時代から、すでに「伝えることの難しさ」を実感していたことになります。
相手が知りたいことを考えて企画していた
クラス委員としては、ホームルームの内容も自分たちで考えていました。
資格取得についての情報や、英会話交流に参加した学生の話、健康に関する内容など、同級生にとって役に立ちそうなテーマを取り上げています。
さらに、4年生に参加してもらい、留学や就職について質問できる機会も作っていました。
ここで面白いのは、「自分たちが話したいこと」ではなく、「同級生が今どんな情報を必要としているのか」を考えていたことです。
今の放送の仕事も同じですよね。
視聴者が知りたいこと、必要としていることを考えて伝える。
学生時代の活動は、現在の仕事とは規模も内容も違いますが、考え方には共通するところがありそうです。
高松みなみの高校はどこ?
大学についてはかなり手掛かりがありますが、高校については情報が少なめです。
現在確認できる公式情報では、出身高校の名前までは公表されていません。
ただ、高校時代までどこで暮らしていたのかは、本人が明かしています。
高校までは新潟県長岡市で生活
高松アナはBSNのブログで、
「高校までは地元の長岡市に住んでいました」
と書いています。
BSN公式プロフィールでも、出身地は新潟県長岡市となっています。
そのため、高校卒業まで長岡市を生活の拠点にしていたことは間違いなさそうです。
ただし、「長岡市に住んでいた」と「長岡市内の高校だった」は同じではありません。
住んでいる場所から市外の学校へ通うケースもあるため、長岡市出身という情報だけで具体的な高校名を決めるのは難しそうです。
出身高校の学校名や偏差値は分かっていない
高松アナの現在の公式プロフィールには、高校名の記載はありません。
ネット上では出身地から学校を予想したくなるところですが、確かな根拠がない状態で候補校を並べても、かえって分かりにくくなってしまいます。
- 高松みなみアナは新潟県長岡市出身
- 高校までは長岡市で暮らしていた
- 出身高校の学校名は公表されていない
- 長岡市在住だったことだけでは高校を特定できない
高校名については、今後本人のインタビューや公式プロフィールなどで明かされるまでは、このくらいにとどめておくのが自然だと思います。
長岡を離れた経験が今の仕事にもつながっていそう
高松アナは高校卒業後、新潟を離れたとみられます。
その後は東京で大学生活を送り、卒業後には北海道へ。
2025年になって、約6年ぶりに新潟へ戻りました。
一度地元を離れると、それまで当たり前だったものが違って見えることもありますよね。
高松アナは、アナウンサーを目指した理由について、地域の魅力を中継やロケで発信したかったことや、地域で頑張っている人たちの思いを自分の言葉で伝えたかったことを話しています。
長岡で育ち、東京と北海道で暮らしてから新潟へ戻った経験も、今の地域を見る視点に少なからず影響しているのかもしれません。
高松みなみはアナトレでアナウンスを学んでいた
高松みなみアナの経歴で、かなり大きなポイントになるのがアナウンサースクール「アナトレ」です。
大学の専攻はビジネス系だったとみられます。
では、どうやって卒業後すぐにキャスターの仕事へ進んだのでしょうか。
その疑問をつないでくれるのが、アナトレでの受講歴です。
アナウンス基礎コースを受講
フジテレビが運営するアナウンサースクール「アナトレ」の公式サイトには、受講生の内定実績が掲載されています。
2023年の実績には、「NHK帯広・キャスター・高松みなみ」とあります。
さらに、受講コースとして「アナウンス基礎コース」と記載されています。
つまり、高松さんは大学での学びとは別に、アナウンサーやキャスターの仕事に必要な基礎を専門スクールでも学んでいたことになります。
大学ではビジネスを学びながら、放送の仕事を目指してアナウンスの練習もしていた。
そう考えると、その後の進路がかなり自然につながりますね。
2025年の新潟放送内定実績にも名前がある
アナトレの2025年内定実績にも、高松みなみさんの名前があります。
今度は「新潟放送・アナウンサー」です。
高松アナは2025年春にBSN新潟放送へ入社しているので、こちらも実際の経歴と一致しています。
NHK帯広への就職時だけではなく、その後BSNへ移る際にもアナトレの実績に名前が残っているのは興味深いところです。
一度放送の仕事に就いたら学びは終わり、という感じではなかったのかもしれません。
実際、BSN入社後にも先輩アナウンサーから発声やナレーションの研修を受けています。
本人も当時、アナウンサー3年目ではあるものの、まだ成長していきたいという思いを書いていました。
大学からアナウンサーになるまでの流れが見えてくる
ここまでの流れを整理してみると、高松アナが放送の仕事へ進んだ道筋はかなり分かりやすくなります。
昭和女子大学のビジネスデザイン学科で学んだとみられる
大学2年生のころにはクラス委員として情報発信を経験
アナトレのアナウンス基礎コースを受講
2023年にNHK帯広のキャスターへ
北海道で2年間経験を積む
2025年にBSN新潟放送のアナウンサーとして新潟へ戻る
「ビジネス系の大学から、突然アナウンサーになった」というわけではなかったんですね。
大学生活を送りながら、放送の仕事に向けた準備も進めていた。
そう考えると、高松アナが学生時代からかなり具体的に将来を考えていたこともうかがえます。
高松みなみは大学卒業後にNHK帯広へ
高松みなみアナは、大学卒業後すぐに故郷の新潟へ戻ったわけではありません。
最初の勤務地は北海道でした。
ここでの2年間が、現在のアナウンサー人生の土台になっているようです。
2023年からNHK帯広のキャスターに
アナトレの2023年内定実績には、NHK帯広のキャスターとして高松みなみさんの名前があります。
本人もBSN加入後に、
「大学卒業後の2年間は北海道の放送局でキャスターの仕事をしていました」
と振り返っています。
さらに2025年4月には、自分について「アナウンサーとしては3年目」と話しています。
このことからも、2023年ごろから放送の仕事を始めた流れが分かります。
大学卒業直後に、地元からかなり離れた北海道へ。
新しい土地で仕事を始めるのは、期待もありつつ不安もあったのではないでしょうか。
高松アナ自身は北海道時代について、地域の人たちや美しい景色との出会いが、かけがえのない思い出になったと振り返っています。
北海道で「地域を伝える仕事」を経験
高松アナは、アナウンサーを目指した理由として「地域の魅力を発信したかった」と話しています。
その意味では、社会人生活を帯広で始めたことも大きな経験だったと思います。
地域で暮らし、その土地の人たちに会い、出来事を伝える。
学生時代にはクラスメートへ情報を届けていた高松さんが、今度は地域の視聴者へ情報を届ける立場になりました。
もちろん、学生時代の活動と放送の仕事はまったく別物です。
それでも、「相手が必要としていることを考えて伝える」という点では、どこかつながっているように感じます。
高松みなみは2025年にBSN新潟放送へ
北海道で2年間キャスターを務めたあと、高松みなみアナは2025年春にBSN新潟放送へ入りました。
高校時代まで暮らした新潟に戻り、今度は地元の人たちへ情報を届ける仕事に就いたことになります。
6年ぶりに地元新潟へ
高松アナはBSN加入時のブログで、6年ぶりに新潟へ戻ったことを明かしています。
高校卒業後に県外の大学へ進み、大学生活と北海道勤務を合わせれば、およそ6年です。
これまでの時系列ともきれいにつながります。
BSNでの初出演は「四畳半スタジオ」でした。
その後はニュースや情報番組など、少しずつ担当を広げています。
- 高校卒業まで
-
新潟県長岡市で生活。本人が「高校までは地元の長岡市に住んでいた」と公表。
- 2020年
-
大学2年生とみられる時期。昭和女子大学公式ブログに「高松みなみ」さんの名前。
- 2023年
-
NHK帯広のキャスターとして活動を開始。
- 2023〜2025年
-
北海道で2年間キャスターを経験。
- 2025年〜
-
BSN新潟放送のアナウンサーとして地元新潟へ。
- 2026年現在
-
「BSN NEWS ゆうなび」などを担当。
こうして見ると、東京、北海道、新潟と、場所を変えながら経験を積んできたことが分かります。
BSN入社後も基礎から学んでいた
NHK帯広で2年間キャスターとして働いていたので、BSNへ入った時点ですでに放送経験はありました。
それでも、高松アナは入社後に先輩から発声やナレーションを教わっています。
本人も、アナウンサー3年目でありながら、まだ成長していきたいという思いをブログに書いていました。
経験者だからといって「もう大丈夫」と考えるのではなく、新しい環境ではまた学び直す。
こうしたところにも、高松アナらしさが出ている気がします。
高松みなみの学生時代から見える性格
学校名や職歴だけを並べても、その人がどんなタイプなのかまではなかなか分かりません。
高松みなみアナの場合は、大学時代の活動記録が残っているので、当時の様子を少し想像することができます。
人とのつながりを大切にするタイプ
大学時代、高松さんはクラス委員を務めていました。
しかも、学生同士がなかなか直接会えない時期です。
連絡を取り、必要な情報を届け、ホームルームを企画する。
誰かが動かなければクラス全体がつながりにくい状況で、その役割を担っていました。
現在のBSNプロフィールを見ると、高松アナは「雑談大好き」とも書いています。
「たかまっちゃん」と声をかけてもらえるとうれしいとも話していて、人との距離を縮めることが好きなタイプなのかもしれません。
学生時代の記録と現在のプロフィールを合わせて見ると、人とのやり取りを大切にしていることが伝わってきます。
うまくいかないときも切り替えられる
大学時代には、楽しみにしていたボストン留学が延期になりました。
これはかなり大きな予定変更だったと思います。
それでも、その後はクラス委員として別の役割を引き受けています。
社会人になってからも、新しい仕事に戸惑ったり、思うようにできないことがあったりする様子を本人は隠していません。
それでも、「経験として受け止めて次につなげたい」という姿勢が見えます。
何でも最初から器用にこなすというより、やってみながら慣れていくタイプなのかもしれませんね。
新しいことを楽しみながら学んでいる
BSNに入ってからは、天気を伝える仕事にも挑戦しています。
本人は、天気について知ることと、それを視聴者に分かるように伝えることは別の難しさがあると感じていたようです。
それでも、知らなかった気象の知識を学ぶのは楽しいとも書いていました。
さらに、それまであまりランニングをしてこなかった中でハーフマラソンに挑戦し、完走。
その後はフルマラソンにも挑戦しています。
できることだけを選ぶのではなく、「まずやってみる」という姿勢は学生時代から今まで続いているように見えます。
高松みなみの学歴は現在の仕事にどうつながっている?
高松みなみアナの学歴を見ていると、「どこの学校を出たか」だけでは少しもったいない気がします。
大学での経験、アナトレ、NHK帯広での仕事が、それぞれ今の活動につながっているからです。
大学時代から「どう伝えるか」を考えていた
大学のクラス委員時代、高松さんは同級生へ情報を伝える方法を工夫していました。
一度送れば終わりではなく、ちゃんと届いているかを考える。
必要なら何度か連絡する。
文章だけでは分かりにくい場合は、伝え方を変える。
こうした経験は、アナウンサーの仕事にもそのまま通じる部分があります。
ニュースでも防災情報でも、情報を知っているだけでは足りません。
聞いた人が理解できて、初めて意味があります。
現在、高松アナは「BSN NEWS ゆうなび」のフィールドキャスターとして、防災や食、中継などを担当しています。
大学時代とは扱う内容も責任も大きく違いますが、「相手に届く伝え方を考える」という点は変わっていないのかもしれません。
アナトレで専門的な準備をしていた
大学生活だけではなく、アナトレでアナウンスの基礎を学んでいたことも見逃せません。
大学の専攻がそのまま職業に直結していなくても、自分が進みたい道に必要な勉強を別の場所でする。
高松さんは、そんな形でキャリアを作っていったようです。
「ビジネス系の学科だったのに、なぜアナウンサーになったの?」
と感じた人にとって、アナトレ受講歴はその疑問への大きな答えになります。
現在は防災士の資格も取得
高松アナは現在、防災士の資格も持っています。
ほかにも、ニュース時事能力検定準2級や普通自動車第一種運転免許を取得しています。
BSNでは防災に関する情報も担当しています。
大学を卒業したら勉強は終わり、というわけではなく、仕事に必要な知識をその都度増やしているんですね。
学生時代のクラス委員、アナトレ、NHK帯広、BSNでの研修、防災士。
こうして並べてみると、高松アナはその時々で必要なことを学びながら、少しずつ仕事の幅を広げてきたことが分かります。
高松みなみの現在のプロフィール
最後に、高松みなみアナのプロフィールを整理しておきます。
- 名前
-
高松みなみ
- 出身地
-
新潟県長岡市
- 誕生日
-
10月17日
- 血液型
-
A型
- 大学
-
昭和女子大学グローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科の可能性が高い
- 高校
-
学校名は非公表
- アナウンサースクール
-
アナトレのアナウンス基礎コース受講歴あり
- 前職
-
NHK帯広のキャスター
- 現在
-
BSN新潟放送アナウンサー
- 資格
-
普通自動車第一種運転免許、ニュース時事能力検定準2級、防災士
現在は「BSN NEWS ゆうなび」のフィールドキャスターとして、防災や食、中継などを担当しています。
本人は、自分のキャラクターを出すことを少し苦手に感じている一方で、新しい自分に出会うためにさまざまなことへ挑戦していきたいとも話しています。
これまでの歩みを見ると、その言葉にも納得できます。
- 予定していた留学ができなくなればクラス委員へ
- 大学卒業後は北海道へ
- そこから新潟へ戻り、新しい環境でもまた一から学ぶ
少しずつ経験を重ねながら、できることを増やしてきた人なのだと思います。
高松みなみの学歴まとめ
高松みなみアナの学歴を調べてみると、出身高校についてはまだ学校名が公表されていません。
本人が明らかにしているのは、高校まで新潟県長岡市で暮らしていたということです。
一方、大学についてはかなり有力な手掛かりがあります。
昭和女子大学グローバルビジネス学部ビジネスデザイン学科の公式ブログには、2020年当時の2年生として「高松みなみ」さんの名前があります。
年代やその後の経歴を考えると、高松アナ本人である可能性はかなり高そうです。
大学では、本来予定されていたボストン留学が延期になる中、クラス委員として同級生への情報共有やホームルームの企画を担当していました。
さらに、大学での学びと並行する形で、アナトレのアナウンス基礎コースも受講しています。
その後は2023年にNHK帯広のキャスターとなり、北海道で2年間活動。
2025年にはBSN新潟放送へ入り、約6年ぶりに地元新潟へ戻りました。
長岡で高校時代まで過ごす
↓
昭和女子大学で学んだ可能性が高い
↓
大学時代にクラス委員として活動
↓
アナトレでアナウンスを学ぶ
↓
NHK帯広でキャスターとして経験を積む
↓
BSNアナウンサーとして新潟へ戻る
高松みなみアナの歩みを見ていると、学校名そのものよりも、その時々で何を学んできたのかが印象に残ります。
大学では人に情報を届ける難しさを経験し、アナトレではアナウンスの基礎を学び、北海道では地域放送の現場を経験しました。
そして今は、その経験を持って故郷の新潟で地域の情報を伝えています。
本人が語っている「地域の魅力を発信したい」「地域で頑張る人の思いを自分の言葉で伝えたい」という気持ちも、これまでの歩みをたどると、より自然に感じられます。
高松みなみアナの学歴は、単に「どこの学校を出たか」だけではありません。
そこで何を経験し、どう放送の仕事へつながっていったのか。
そこまで見ていくと、コツコツと学びながら、自分の道を広げてきた人なのだということが見えてきます。
